第39話

 由希が目を覚ますと、そこはアイギスの自室だった。

 体を起こすと、腹のあたりに小さな痛みが走り、自身が撃たれて気を失ったことを思い出した。

 同時に様々な記憶が蘇ってくる。

 特に由希の疑問を支配したのは他でもない、あのローブの人物についてだった。

 まひろとまったくを同じ見た目をした人物。そして、あろうことか、由希がまひろにプレゼントしたはずの指輪をつけていた。

 そして、その人物が言った言葉。

 まひろが、彼女の複製品であるということ。

 与太話であると断じてやりたい。

 しかし彼女の様々な言動から、一笑に伏すことが出来ないのもまた事実だった。

 由希が悩んでいると、不意にドアがノックされるのが聞こえて、一人の人物が入ってきた。

 ミントだった。

「怪我は平気かにゃ?」

「ええ、なんとか」

「それはよかったにゃ」

 ミントが部屋に入ってくる。

「あの後、まひろがアイギスのメンバーに連絡を取ってくれて、私たちはここに運ばれたのにゃ。そして、奏の能力で傷を治したのにゃ」

「そうだったんですね」

「小さな子供に頼らにゃならんのは、支部長としてふがいない思いだがにゃ」

 ミントが由希の隣の椅子に向けて歩いてきた。

 その足取りがふらふらと頼りないことに由希は気づいた。

「まだ、痛むんですか。無理しないでください」

「心配ないにゃ。久しぶりに動いたから、筋肉痛になっただけにゃ」

「き、筋肉痛って……」

「日ごろからもっとちゃんと動いていれば、あんな深くはとらなかったのにゃ、反省にゃ」

「はあ……」

 ミントがどれだけ本気で言ってるのかは分からなかったが、いつもの飄々とした彼女の様子に安心した。

 やがて、由希は一番気になっていることを聞いた。

「あの人物は......何者なんですか」

 ミントも聞かれることは予想していたようだった。

「私が目覚めてから、色々な方法を使って、奴の素性を調べたにゃ……それでわかったのは、奴がCSのリーダーだということにゃ」

「CSのリーダー」

 ミントがうなずいた。

「CSは一枚岩ではないとはいえ、頭となる存在がいることは知っていたにゃ。それが、数年前くらいに変わったみたいだが、それが奴だったというわけにゃ」

 その事実は初めて聞く事だった。

 しかし、だからといってあの人物の素性が分かるわけではない。

 やがてミントは核心に迫ったり

「奴とまひろの関係についてにゃが、現場に落ちていた奴のローブのフードの切れ端から採取された髪の毛のDNAを調べたにゃ」

「……結果は?」

 一瞬の間を置いてミントは告げた。

「まひろのものと、完全に一致したにゃ。つまり、奴はまひろ本人ということになる」

「そんな......」

予想していたとはいえ、改めて突きつけられるとあまりに受け入れ難い事実だった。

 思わず疑問が口をつく。

「一体、どういうことですか」

「奴が言っていたことを覚えているかにゃ?偽物、複製品という」

「そんなの......でたらめです」

「だが、仮にそうだとすると、辻褄が合うことがあるにゃ」

「ばかばかしい」

「由希」

 事実から目を逸らそうとする由希を、ミントは悟すような声音で制した。

 その一声で由希は、ミントの言葉に耳を傾けたり

「元々、まひろの能力にはおかしな所があったにゃ。彼女の能力はモノを作り出すことにゃが、その作り出せるものにバラつきが多かったにゃ。拳銃を作り出せると思ったら、機関銃は作れなかったり、ボールペンは作り出せないのに、研究所のIDカードはつくりだせたりにゃ」

 その疑問は由希の中にもあった。

 まひろは自分の頭で構造が理解できるものしか作れないと言っていた。

 その基準は余りに曖昧だった。

「そして、ローブの人物の能力が、まひろの能力に酷く似ていて、しかも上位互換的な性能であるのなら……まひろは複製される過程によって、能力の劣化が起きたということのだろうにゃ。まひろの性格が変わったという由希の話もそれで説明がつくにゃ」

 由希は叫び出したい衝動を堪えながらミントの話を聞いていた。

「それに、由希とまひろがCSの男に襲われた時もそうにゃ。まひろは目を覚ましたら、由希が倒れていて、CSの男はいなくなっていたと言っていた。じゃあ、だれがその時奴を退けたのにゃ」

 それは、CSの男、つまり戒も言っていたことだった。

「ローブの人物がまひろで、CSの男を撃退したのであれば、話の筋が通るにゃ」

「じゃあ、なんですか」

 結局たまらなくなり、由希は口を挟んだ。

「まひろは偽物だっていうんですか。本当のまひろはあの人物だっていうんですか」

「別にそうとは言ってないにゃ」

「いってるじゃないですか!」

「にゃ……」

 口を噤むミントが、由希はますます苛立った。

 いてもたってもいられず、由希は立ち上がった。

「ど、どこにいくにゃ」

「まひろの所です」

 返事も聞かずに、由希はまひろの部屋に駆け出した。

 ノックもせずに、まひろの部屋の扉を開ける。

「まひろ!」

 しかし、まひろはいなかった。

 一体どこへ行ってしまったのか。

 今、まひろを一人にするのは危険だ。

 ローブの人物に、狙われている。

 何よりも、彼女自身が押しつぶされてしまうかもしれない。

 しかし、どこへ行ったのか。

 とにかく思い当たる場所を探そうとして、由希の中に確信めいた予感が生まれた。

 その予感に由希は自身に憤った。

 否定したいと思うのに、それを認めている自分がいることに。

 それでも、行くしかなかった。

 5年前のあの廃墟に。

 まひろが、生まれた場所。

 彼女はきっと、そこにいる。

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