第38話

 由希はその人物の言葉が理解できなかった。

 まひろが偽物?

 複製品?

「一体、何を言ってるんだ」

「言葉通りよ......そいつは私が生み出したコピーなのよ」

「そんなの、信じられるわけないだろ!お前は、一体何者だ!」

「楠森まひろ」

 その人物は、毅然と答えた。

「そんなわけ......」

「……ねえ由希」

 その声音は、由希の耳に馴染みがあった。

 だから、由希は無視することが出来なかった。

「覚えてる?由希が昔に私を守るって言ってくれたこと」

 もちろん、覚えている。

 大切な人と交わした、由希にとってもっとも大事な約束。

 しかし、それは誰にも話したことがない。

 二人だけの秘密。

 だから、他に知っている人間など――

「そして、その時に一緒に私にくれた指輪。由希が私にプレゼントって言ってくれて、名前入りの、世界に一組だけの指輪って、買ってくれたよね……由希のおじさんたちに見せたら、小さいのにませてるなんて、言われて恥ずかしかった……でも、本当に嬉しかった」

 由希の考えとは裏腹に、その人物は由希との思い出を語る。

 その内容は、由希の記憶にあるものと全く同じだった。

「5年前の由希の前からいなくなってからも、私はこれだけを頼りに今までやってきた……」

 恨みを込めた言葉と共に、その人物は右手を突き出した。

 その手には、指輪が嵌められていた。

 それは、他でもない、由希のプレゼントした指輪だった。

 先日まひろの部屋に行ったときに、見つけることが出来なかったそれを、その人物は着けていた。

 呆然とする由希を咎めるように、その人物は叫んだ。

「だからこそ、許せなかった!そいつのために、由希がこの指輪を無かったことにしたこと。新しい指輪を買うっていったこと!」

 激しい声音は真剣そのもので、由希たちを惑わそうという意図は感じられなかった。

「だから、消さなきゃいけない」

 その人物はまひろに銃を向けた。

 まひろはその人物の言葉に動揺して動きが遅れた。

 銃声が響く。

「……え?」

 その人物は言葉を失った。

 由希がまひろを庇って、弾丸を受け止めたのだ。

 耐えがたい激痛が由希を襲う。

「由希......どうして、そいつを庇うの」

 その人物は、由希の行動に酷く動揺しているようだった。

「どうして……どうしてよ」

 そう言い残して、その人物は逃げるように踵を返した。

 彼女の目の前の空間が揺らめき、向こう側へ消えていった。

「由希!」

 脅威が去って、まひろが由希に駆け寄ってきた。

 出血の多さにパニックになっているようだった。

「俺は、大丈夫だ……それよりも、あの子を、瑠香を頼む。後ミントさんも……彼女たちの方が重症だ」

 まひろは心細そうな顔のままだったが、二人を見た後小さく頷いた。

 由希は安心すると同時に、急激な眠気が襲ってきて、やがて意識を失った。

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