第31話
由希はとにかく落ち着ける場所を探していた。それは過去の仇敵と対峙してから心を休める為であったし、まひろにも色々聞きたいことがあったかからだ。
しかし。
「わざわざ俺の部屋にまであがってこなくてもいいんじゃないか?」
「この場所が最も安全。由希も一番リラックスして話ができるから」
「……そうか?」
憮然とした気持ちになりつつも、今は余計な詮索は不要だと考えた。
そして、今一番問うべきことを探した。
「なあまひろ」
まひろは問われることを予想していたようで、体をこわばらせた。
「隠していることがあれば教えて欲しい」
「……何度もいうけど、私は何も隠していない」
しかし、由希の思惑とは裏腹にまひろが毅然と答えた。
「私は5年前のあの日、由希を救ってはいない」
「じゃあ、どうして俺は今、生きているんだ」
「それは、わからないわ……私が聞いているのはその場に取り残されていて、保護されたということだけよ」
由希は苛立ちを感じた。
どうして、まひろは自分に真意を語ってくれないのか。
「なあ、まひろ俺はお前を信用してる」
「だったら、これ以上私に聞く事はないはずよ」
まひろは目を合わせてすらくれなかった。
幼馴染のかたくなさが分からなくて、由希は悲しみに心が支配されていくのを感じた。
「なあ、まひろ。俺って、そんなに頼りないか?」
「え?」
「まひろが俺を見守ってくれていたのは知ってる。昔から一緒にいて、まひろが優しい人間だったのはしってる。そして、意味のないことをする奴じゃないくらい知ってる」
「……由希が、何を言いたいのかわからない」
言葉とは裏腹に、まひろの声は震えていた。
由希は意図せず喉が鳴るのを感じた。
自分が口にしようとしていることが、まひろにとって残酷であることが分かっていたからだ。
しかし、それでも問いかけずにはいられなかった。
「まひろが人殺しだったとしても、俺はまひろを受け入れる」
「……!」
まひろが大きく目を見開いた。
その瞳の奥にある光の色を由希は必死に見定めようとした。
しかし、まひろが目をそらしたせいで、それは叶わなかった。
「……由希は、私よりもあの男を信じるっていうの?」
「そういうわけじゃない」
「じゃあ、何だっていうの!」
まひろが声を荒げた。
あの事件以来、感情を表に出すことが無かったまひろだったが、今の叫びは鬼気迫るものだった。
しかし、由希も引き下がるわけにはいかなかった。
幼馴染を受け入れることが、今の由希にとって何よりも必要なことだったからだ。
「由希がどんな悪いことをしていたって、俺は受け入れる」
「……もう、いいわ。由希とはもう話もしたくない」
「なあ、どうしてそこまで隠すんだ。もし仮に悪いことをしていたとしても、まひろは俺の事を救ってくれたんだ。せめて、そのことだけでも認めてくれてもいいんじゃないか」
「だから、そんなのも知らないって言ってる!」
理解しあえなくて愕然とする由希に、まひろは言い捨てる。
「私と由希は、5年前の事件があってから、離れて過ごすべきだったのよ」
「なんだって」
「だってそうでしょう。あんな風にお互いがトラウマを作って、一緒にいて辛いだけじゃない。由希が私に対して負い目を抱えていたのは知ってるわ」
まひろの言葉に、由希は胸に痛みが走るのを感じた。
「私を守れなかったって、ずっと後悔しているのはわかった。私が、あの日に由希を誘ったのにだよ!そんな風に思われて、私は由希になんて言ってあげればよかったの!気にしてないって、いうの?そんなのおかしい。だって私が巻き込んだんだから。だったら、私が由希に気にしないでっていうの!?そんなこと出来るわけない!だって、あたしが引き起こしたことなんだから」
まひろの責めるような口調。しかし、それはまひろ自身に向けられていたのが分かった。
そんなまひろに、由希は尋ねた。
「だから、外したのか」
「え?」
由希の質問が想定外だったようで、まひろは勢いを失ったようだった。
「俺の指輪もだから、捨てたっていうのか。お前は、俺と一緒にいたくなかったから」
「そんな……わけ」
「じゃあ、どうしてつけてくれないんだよ」
由希は止まることが出来なかった。
「俺は、ずっとつけていた。これはまひろとの絆だと思っていたから。でも、まひろはあの事件以来、指輪をつけてくれなかった」
「それは、違うよ」
「あの指輪と一緒にした約束のことだって、もうどうでもいいんだよな」
「違うよ!そんなつもりじゃない」
「じゃあ、どういうつもりなんだよ」
「……私は、由希にふさわしくないんだよ」
震える声だった。
そして、ようやく由希は自分が一線を越えてしまったことに気付いた。
「私の勝手な好奇心で、由希をオーナーに巻き込んで。それなのに、由希の指輪をつけて、守ってもらうなんて約束を期待するなんて、そんな資格ないんだよ」
「そんなの、お前が気にする事じゃ……」
「気にするんだよ!結局こうして、由希を巻き込んでる。危ない目にあった。あの男もまた私たちに目をつけてる。次は絶対に殺しに来るわ……そんな私は、由希と一緒にいる資格なんてないのよ」
まひろが唐突に立ち上がった。
「何だよ」
「帰る」
「まだ、話は終わってないだろ」
「これ以上、何を話すの」
「なあ、まひろ。俺はただ、お前に」
聞く耳を持たず、まひろは部屋から出て行ってしまった。
由希は一人取り残された。胸の中には、一つの思い。
まひろはどうして自分に本当の事を打ち明けてくれないのか。
言うまでもない。
自分が頼りないからだ。
信用してもらえてないからだ。
そしてまひろが悪いわけではない
悪いのは自分だ。
自分が余計なことをして、他人を不幸にさせているからだ。
俺は結局、人を不幸にするだけの存在なのだ。
「俺って、本当に、ダメなやつだな」
その呟きに、応えるものはいなかった。
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