第28話


 アイギスのアジトに帰還して、由希とまひろはミントに事の顛末を説明した。

 ミントは由希、まひろに視線を巡らせて、

「お前たち、本当にご苦労だったにゃ。それに、奏も無事、研究所から脱出出来て何よりにゃ」

 ミントがいうと、奏は照れくさそうに口元を緩めた。

 その様子にミントは小さく微笑んでから、由希に向き直った。

「由希には感謝してるにゃ」

「え?」

「お前のおかげで、またオーナーが不幸な目に合うことを避けることができたにゃ」

「いえ、そんなこと」

 ミントの賛辞は嬉しかったが、由希にはずっと心の中で思っていることがあった。

「そもそも……俺が余計なことをしなければ、こんなに面倒なことにはならなかったと思います」

「それは結果論にゃ。お前が私たちの意見に素直に従っていたとしても、また別の問題が起きていたかもしれんにゃ。とにかく、今、この場に奏がいるということ、それだけが事実にゃ」

「そうですかね……」

「お兄ちゃん」

 尚も迷いのある由希に、奏が呼びかけた。

 そして、由希の服の袖を引っ張りながら、

「助けてくれて、ありがとう」

 奏はにっこりと笑った。

 その無垢で可愛らしい笑顔に、由希は胸の奥が暖かいもので包まれるのを感じた。

「……ああ、こちらこそ、ありがとう」

「うん!」

 そんな由希と奏のやりとりをミントは頷きながら聞いていた。

 しばらく優しい空気が流れた後、ミントは切り替えるように口を開いた。

「さて、それはそうと気になることも出てきたにゃ」

「はい」

 ミントの声音の硬さに由希は再び顔を引き締めた。

「黒いローブの人物についてにゃが……」

「ミントさんには心当たりはありますか?」

「いや、残念ながらないにゃ。そいつの能力はどういう物だったにゃ?」

「ええと……」

 由希は当時の、謎の人物の圧倒的な大立ち回りを思い返した。

「空間から武器や防具を取り出したり、後は猛獣のような物を生み出して使役していました」

 謎の人物は、流れるように武器を扱い、そして猛獣までを操りながら、戦いのプロフェッショナルであるはずの戦闘員をまるで赤子の手をひねるように翻弄したのだ。

 その光景は今でも鮮明に由希の瞼の奥に刻み込まれていた。

「にゃるほど。そうなると、まひろの能力と同系統のものになるのかにゃ」

 ミントの指摘に、まひろはやや苦い口調で答えた。

「確かにそうです……ですが、あの人物の能力は私の能力よりも遥かに高度なものに感じました」

「ふむ……確かににゃ」

「待て、それはどういうことなんだ?」

 納得するまひろとミントに、由希は思わず尋ねた。

 初めてまひろに会った時もまひろは武器を同じように扱っていたし、研究所ではカードキーの複製によって大いに助けられたのだ。だからこそ、由希にはまひろの能力が劣っているとは思わなかった。

 しかし、そんな由希の内心とは裏腹にまひろは言った。

「改めて言うと、私の能力は『複製』。ただし、あまり複雑なものは生成できない。具体的に言えば、私がその物体の仕組みとか構造を理解することが出来る場合に限られる。例えば拳銃は生成できるけど、レールガンのようなモノは複製できない。私の頭じゃ理解できないから」

「でも、それはそれで便利なんじゃないのか?」

「考えてみて。拳銃なんて実際に本物を用意すればいいだけだし、カードキーだって無くしたときにもう一個作ることが出来る。だから、能力としての価値は低い」

「ちなみに奏の能力は『回復』とか『治療』にあたるものにゃ。今の医学は治療は出来るが、最終的には体が自然に治るのを待つだけじゃが、奏の能力はそれを増幅させることができるにゃ」

 由希はなんとなく、まひろとミントが言わんとすることが理解できてきた。

「つまり、化学で再現できないものほど、能力として価値が高いということか?」

「そういうこと。そうやって考えると、あのローブの人物の能力の価値がわかるはず」

「……それって」

「ええ。あの人物の能力は「生命」を生み出すという意味で、相当な規格外の能力ということになる……言ってしまえば、私の上位互換ね」

「なるほど」

 話を聞いて由希は改めてレリックにまつわる超能力というものが、いかに人知を超えた現象であるのかを理解した。

 確かに、そんなモノを身に着けているオーナーという存在は、良くも悪くも注目をあびてしかるべきだろう。

「上位互換とまひろはいったにゃ。念のため聞いておくが、まひろに兄妹はいるのかにゃ?」

「いないです」

 まひろが答え、由希も同意した。幼い頃に由希とまひろはであったが、そんな話は聞いたこともなかった。

「なら、両親のどちらかがオーナーだったことはあるかにゃ?」

「いいえ。私の知る限りでは、ありません。そんなそぶりは微塵も感じさせなかったので、間違いではないはずです」

「なるほどにゃあ……って、ありゃりゃにゃ」

 ミントが不意に目を丸くした。視線を追うと、奏がいつの間にかうつらうつらと舟をこいでいた。

 その姿にその場の空気が和らいだ。

「まあ、ここで悩んでいてもしょうがないにゃ。今日はここまでにするにゃ……奏は部屋を用意してあるにゃ。お前たちも、今日は解散にゃ」

「はい、お疲れさまでした」

 こうして、由希の初任務は、成功に終わったのだった。

 色々な紆余曲折はあったが、収まるところには収めることが出来た。今まで感じることのできなかった、微かな達成感をかみしめながら、由希は支部長の部屋を後にした。

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