第27話

 異質な乱入者にその場にいる誰もが動けなかった。

 まるで時が止まったかのような膠着状態は、やがてその、謎の人物によって崩された。

 謎の人物は腕を空中に掲げると、手のひらの上の空間が歪み、そこから何かを取り出した。

 その物体を見て由希は息をのんだ。

 それは拳銃だった。

 由希が認識すると同時に、その銃口は火を噴いていた。

 隊員が反応する間もなくゆっくりと体が倒れていき、やがて地面にひれ伏した。赤い液体がその隊員の頭のあたりから広がっていく。

「う、うわあああああ」

 その光景に、隊員の一人が謎の人物に向かって銃を連射した。

 謎の人物は前に向けて手の平をかざした。すると玉虫色のような円盤状の輝きが生まれ、隊員が撃った銃弾を全て弾き飛ばした。

 信じられないという表情をしながらも、必死に隊員は銃を撃ち続け、やがて残弾がなくなった。

 続けざまに拳銃を取り出そうとして、再び大きな発砲音がしたと思ったらその隊員も頭部を打ちぬかれ、地面に吸い込まれるように倒れた。

 さらに、一発、二発と続けざまに銃声がなると隊員たちが倒れていく。

 後ろ手に控えていた第二陣の隊員たちが謎の人物を取り囲んだ。

  謎の人物はさらに手をかざした。すると今度は、その人物の身の丈ほどもありそうな、巨大な物体が生まれ、まもなく形を成した。

 それは、巨大なライオンのような姿をしていて、まるで息づいているかのように呼吸をし、隊員たちを睥睨していた。

 隊員たちは、その猛獣に向かって機関銃を乱射した。

 猛獣は銃弾をものともせずに、次々と隊員たちに襲い掛かった。

 丸太のような太い腕で殴りつけられた隊員はあり得ない方向に首を曲げられ、無骨な刃物のような牙で胴体に噛みつかれた隊員は、内臓をまき散らしながら絶命した。

「ばかな……そんなばかな」

 次々と蹂躙される隊員たちをみて、所長が震える声で尋ねた。

「お前は……何者だ……一体何の目的があって、こんな」

 謎の人物は所長の問いに答えることはしないまま、なぜか由希の方を見た。

 ローブのせいでその人物の顔を見えなかったが、それでもその視線が由希に向いていることを感じた。

「しねええええええええ」

 謎の人物の視線が自分から外れたことを、所長は無謀にも勝機と悟ったのか、拳銃を発砲した。

 先ほどゴム弾と言っていたのとは別の拳銃のようだった。

 しかし、銃弾は謎の人物に届くことはなかった。

 そして、最後に一度発砲音が聞こえたと思ったら、所長も地面に倒れ伏した。

 由希たちを囲んでいた人間は全て息絶えていた。

 だが、由希たちにとってまだ危険な状況が去ったわけではなかった。

「お前は……何者だ」

 由希はまひろと奏を庇う様にして、謎の人物に尋ねた。

「一体どこから、急に現れた?……お前の目的はなんだ」

 由希の問いかけに、謎の人物と再び目が合った。

 相変わらずその人物の顔貌は見えない。

 やがて謎の人物は踵を返し、手のひらを前に出した。

 何もない空間が歪み、時空の切れ目のようなものが生まれると、やがて謎の人物はその向こう側へ消えていった。

 こうして遂に由希とまひろと奏だけが取り残されることとなった。

「……終わった、のか?」

「……ええ」

 由希のひとりごとに、まひろが答えを返した。

「あいつ、一体何者だったんだ」

「私に聞かれても、わからないわ。ただひとつ言えるのは、逃げるチャンスが生まれて、私たちはこれを逃しちゃいけないということ」

「……そうだな」

 由希は奏を見た。

 先ほどの惨状を目の当たりにしたことを由希は心配したが、意外にも奏の目には輝きが灯っていた。

 その瞳と、由希を守ろうと所長の前に立ち塞がったことからも、奏が意志の強い人間であることが伺えた。

 由希は奏の様子にかすかに安堵しながら、

「帰ろう、奏」

「うん」

 謎を残しつつも、由希たちは研究所から脱出した。

 なんとか奏を連れ戻すことには成功した安堵の中で、由希は謎の人物と視線を躱した時の事を思い出していた。

 その人物は一体何者だったのか。

 なぜ、由希たちを助けるような真似をしたのか。

「それに、どうして……」

「え?」

「あんな、悲しそうな目をしていたんだろう」

 実際に目を見たわけではない。

 しかし、なぜだか由希は感じてしまった。

 謎の人物の、深い悲しみを。

 帰りの道中、由希はその事が頭からどうしても離れなかった。

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