第26話

非常口の一本道を由希とまひろと奏は駆け抜けた。今のところ追手がいるような気配は感じられなかったが、警報音が鳴らされた以上、既に由希とまひろは追跡されているだろう。

 そんな焦りとは裏腹に、3人の前に扉が現れた。

「これは、出口でいいんだよな」

「そうじゃなかったら非常口の意味がない」

「確かにな」

「お兄ちゃん」

 奏が由希の裾を引っ張って訪ねた。

「これで、助かった?お父さんと、また会える?」

「……ああ、そうだ」

 そう答えながらも、奏と父親を引き合わせることが可能なのか由希にはわからなかった。

 アイギスの方針にしたがって、引き取ればそれは難しいことになるのかもしれない。かといって、今はアイギスに逆らうことが正しいとも思えない。

 雛月親子はどうしたら幸せになれるのか、わからない。

「由希」

 今度はまひろが口を開いた。

「今は脱出して、奏を連れ出すことが先決。それからのことは、後で考えればいいわ」

 そうだ。

 とにかく自分は奏をここから連れ出すために来たのだ。

 今自分がするべきことは、そのことひとつだ。

 そう考えて、由希は扉を開けた。

「っ!?」

 開けた瞬間、由希達は眩い光に出迎えられた。

 徐々に目が慣れてくると、由希はようやく目を開けた。

 目の前には、銃を構えた、たくさんの隊員らしき集団。

 20人はくだらないだろう。それが、先ほど警報が鳴らされて自分たちを確保しようとする者たちなのだとう、由希は悟った。

 やがて一人の研究員が、集団の前に出てきたのを由希は見た。

「いやはや、先ほどぶりですね」

 それは、研究所で由希たちと話をした職員だった。

「一体、どういうことなんですか?」

「その非常口はね、実験中のオーナーが逃げた時に逃げ込むようにしてある。走り去った先で私たちが待機して再度連れ戻すというようにしてあるのだよ」

「そんな」

 由希が思わず口にすると同時に、隣のまひろは小さな舌打ちをした。

「あなたも、関係者だったのか」

「関係者も何も、私はここの所長だよ」

 職員、もとい所長はあざ笑うような表情で、由希たちを見ていた。

「だから、実験の事も、予備研究室に何があるかなんてわかりきっているのさ」

「それはおかしい」

 まひろが割り込んだ。

「ん、何がだい?」

「機密を守るのなら、予備研究室の話を私たちにする必要はないはず」

 所長はまるでその質問を期待していたかのように、喜びの声をあげた。

「ははは、それがそうでもないんだな」

「なぜ?」

「あの研究所は機密保持をしているのだが、どういうわけだか偶に嗅ぎつけて侵入してくる輩がいるんだよ。そして機密をかぎつけるモノはね、そいつ自体がオーナーであることが多いんだよ……だから、ああやってこれみよがしに場所を教えてやる。すると、どうなるかな?」

 尋ねておいて、所長は勝手に続けた。

「こうしてほら、私の前に新たな実験対象が二人もいるではないか」

「……罠だったというわけね」

「そういうことだねえ」

 舌なめずりをするような、不快な笑みを所長は浮かべた。

「さて、大人しく捕まるか、抵抗して捕まるかどうする?」

 その言葉を合図にするように、銃口が改めて由希たちに狙いを定めたのを感じた。

 絶体絶命な状況の中、由希は必死で脳を稼働させた。

 どうすればこの状況を脱出できる?

 自分が囮になって、まひろと奏だけでも逃がす?

 だめだ。これだけの人数を相手に、引き付けられるのはたかが数人程度だろう。

 破壊の能力を全力で開放して、強引に突破するか?

 不可能だ。敵の銃はいつでも発砲可能で、能力が発動するよりも先に制圧されてしまうだろう。そもそも、由希がそこまで強力に能力を発動させられる保証がない。

 突破も不可能だ。かといって退路もない。

 完全に八方塞がりだ。

 ここまできて、諦めるしかないのか。

 なすすべもなく捕まり、考えるだけでおぞましい実験にさらされることになる。

 自分はまだいい。自業自得なのだから。

 しかし、まひろと奏はそうではない。

 奏の事を知ってから、まひろは彼女を一刻も早く保護することを提案していた。しかし、由希はそれを阻み、こうして研究所へ訪れるきっかけを作った。 

 奏だって同様だ。

 まひろとミントの方針通り保護してれば、父親と離れる寂しさはあるかもしれないが、こんな状況になることはなかった。

 すべて、俺が、引き起こしたこと。

 思わず、由希は膝から崩れ落ちた。

「おや、もう降参かい?少しぐらい抵抗してくれてもよかったんだけどねえ……ん?」

 不意に由希の視界を何かが横切った。由希が顔をあげると、奏がまるで由希を守るように立っていた。

「施設に戻る……その代わり、お兄ちゃんとお姉ちゃんは許してあげて」

「子供はこれだから嫌なんだ……理屈ってものがわかってない。どっちにしろ捕まるのに、そんなお願い聞くわけないでしょう」

「なら、実験には協力しないよ」

「なに?」

「私が実験に協力しなかったら、おじさんも困る……っ!?」

 突然、大きな発砲音が聞こえて、由希の前の奏が崩れ落ちた。

「ガキが生意気いってんじゃねえよ」

 所長がいつのまにか拳銃を取り出していた。

「安心しろ、ゴム弾だから命にかかわりはしない。でも、痛いだろ?これくらいで音を上げてる時点で、協力するしないなんて選択肢はないんだ」

「てめえ……」

「お兄ちゃん!」

 考えなく突っ込もうとした由希は思わず足を止めた。

「え?」

「あたしは大丈夫だから……お兄ちゃんは逃げて」

「何……いってんだよ。そんなことできるわけないだろ」

「お兄ちゃん……ありがとう」

「……え?」

 奏から突然お礼を言われて由希は狼狽えた。

「私を助けてくれようとして、ありがとう」

「奏……違う、違うんだよ」

 俺は、そんなお礼を言われるようなことをしてなくて。

 むしろ、お前も、まひろも苦しめるようなことをして。

 俺は……お前を守れなかった。

「茶番はもういい。そろそろ、終わらせるぞ」

 そういって、所長は手をあげた。

 隊員たちの銃口が改めて由希たちに狙いを定める。

 そして、所長が腕を振り下ろそうとした瞬間――

「な、何だお前は!?」

 動揺する所長の声に釣られて由希が顔をあげると、そこには黒いローブに身を包んだ謎の人物が立ち塞がっていた。

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