第24話
由希とまひろは知啓から聞いた研究所に訪れていた。
大学病院さながらの敷地に、いかにも研究施設といった感じの白色の建物が佇んでいた。
まひろが例によって勇敢に中へ進んでいくのを由希が追った。
駅の改札のような通用ゲートの横に、来客用の受付が見えてきて、警備員らしき男性が二人の存在に気付いた。
その視線を無視してまひろがゲートに向かっていく。
挙動不審な由希にまひろが小声で話しかけてくる。
「堂々としているのが大事」
「お、おう」
警備員の視線を感じながら由希もゲートに進み、二人はカードキー差し込んだ。
ゲートが開き、まひろと由希は中に入る。
由希が思わず呟いた。
「い、行けた」
「そりゃ実際に働いている職員のカードキーなんだから当たり前」
「それは、そうだけどさ」
「とはいえ、同じ人物のカードキーを同時に使えてしまうのは、お粗末と感じざるを得ないわね」
由希が持っているのは、昨日の晩に知啓から受け取ったカードキーで、それをまひろの能力で複製したものをまひろが使用している。
まひろの能力が優秀なのか、同じ人間が二人はいることを想定していないセキュリティが情弱なのかわからなかった。
なにはともあれ、由希とまひろは研究所に侵入することに成功した。
とりあえずの順調な流れに由希がほっと胸をなでおろしていると、前を歩くまひろが何かを手渡してきた。
「なんだこれ?」
「白衣よ」
「は?」
「研究所と言えば白衣」
「お、おう」
「これを着れば、怪しまれないわ」
「そ、そういうもんか」
由希はその提案に半信半疑だったが、さきほど実際にカードキーの認証を突破したまひろがいうのだから異議を唱えず従うことにした。
白衣を着用した二人が歩いていると、前の通路から職員らしき一人の男性が現われた。
「いい?堂々としているのよ」
「ああ、わかった」
内心を見透かしたようなまひろの注意に、由希は頷いた。
やがて職員との距離が縮まると同時に、職員と目が合った。
由希は内心で、自分が職員の一人という自己暗示をかける。
俺は職員。俺は職員。俺は職員。
まひろが振り向き、頷いた。
由希も頷き返した。
いける――
「君たち何してるの?」
その職員が訝声をかけてきた。
「……だめじゃねえか!」
「これは……想定外」
「どうかしたかい?」
「いえ、そのなんていうか」
「誰かの知り合いかな?」
壮年の男性の研究員で、その職員はどこか孫をみるかのような穏やかな視線を投げかけていた。
由希はとなりのまひろの眼が不敵に光った気がした。
「雛月知啓さんの知り合いです」
「へえ、何しにここへ?」
「知啓さんに頼まれごとをしてるんです」
「ほう。偉いねえ」
職員の優しさに微塵の罪悪感も感じていないように、まひろは平然と言葉を重ねていった。
「それにしても、何で白衣きてるの?」
その質問に由希は愕然とした。まひろの発想はただ疑惑を集めるだけのものだったようだ。
しかし、それに対するまひろの答えに由希は再び衝撃を受けた。
「知啓さんの趣味です」
「は、はあ!?」
抗議しようとする由希に、まひろが目線で制してきた。
「あの人はいつも会う時は白衣を来るように言うんです。今日もちゃんと白衣を着て行ったか後で確認するというふうに言われていまして」
「そ、そうなんだ……へえ、知啓さんがねえ」
口から出まかせが平然と出てくるまひろに、由希はもはや畏敬の念すら覚えた。
「まあ、そういうことなら手伝うよ。何か探しているのかい?」
「ここ最近で、小さな子供が出入りはしていませんでしたか?」
「子ども?うーん」
「知啓さんの娘さんの友達なんです」
「うーん、ごめん、僕にはわからないなあ」
「そうですか、それでは……」
まひろは重大なことを喋るというように一瞬間を開けて、
「超能力について何かご存じないですか」
「ちょ、超能力?」
突然の単語に職員はあからさまに驚いたようだったが、何か思いついたかのような顔になった。
「……これは、噂なんだけど、最近その超能力の研究で一人の女の子が研究所に入れられたと聞いたよ。なんでもすごくひどい実験をするみたいなんだ」
職員の話に、由希は心の中にざわめきが生まれるのを感じ、まひろが聞き返すよりも早く口を開いた。
「それは、どこで行われると噂されてるんですか?」
「この奥の予備研究室って場所だけど……いや、ごめん。その……そんなに真に受けないでね、単なる噂だからさ」
大人しかった由希が急に問い詰めるような口調になったから、男性はバツが悪そうに答えた。
「いえ。でも、すごく面白い話でした。お仕事の邪魔してすみません、直ぐに用事は終わらせて帰りますので」
「ああ、じゃあ知啓さんによろしくね」
言いながら職員は笑顔で去っていった。
由希とまひろは頷いて、目的の場所へ歩き出した。
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