第23話

 由希はまひろと共に、雛月親子の家に訪れていた。

 夜も更けてしばらくという非常識な時間にも関わらずまひろはインターホンを連打する。

 しかし、何度ならしても知啓は出てこなかった。

「やっぱり、もう寝ているのかな」

「どうだろうね」

 生返事をしながらまひろは玄関口を開けて、扉を直接ノックし始める。以前来たときは肝を冷やす思いだったが、今となってはまひろのそんなところが頼もしく感じた。

 しばらくドアをたたいても反応がなかったので、まひろはドアノブに手をかけた。

「開いてる」

 言うや否やドアを開き、何の躊躇もなく入っていくまひろ。

「留守か?」

「いえ、靴はある。脱ぎ捨てるようになってるから、恐らく奥にいるわ」

 二人がリビングに着くと、大きないびきが聞こえてきて、ソファの上に人影が見えた。

「いた」

 知啓が大きな口を開けて眠っていた。服は先ほど店で見た時と同じだったが、シャツは出っぱなしで、ズボンも脱げかけでひどい状態だった

 その様子を見て、由希は腹の底から怒りが湧いてくるのを感じた。

 全身が熱に浮かされたように熱くなり、足が勝手に知啓の元へ動いた。

 そのまま、由希が知啓に掴みかかろうとしたときに、目の前の男の寝言が由希の耳に届いた。

「奏……奏え」

 由希の足が止まった。

「奏……幸せに……なれ」

 立ちすくむ由希の横で、まひろが呟いた。

「とにかく、話を聞いてみましょう」

「あ、ああ」

 由希は言われるがまま。知啓の隣に膝をつき、顔を叩いた。

 しかし、知啓は起きる様子がない。

「任せて」

 不意に後ろから光を感じたと思ったら、まひろが隣にきて何か箱状のものを知啓に押し当てた。

「うが!」

 知啓が大きく跳ね上がった。何事かと思ってまひろの手の中のモノを見て知啓は目を疑った。

「まひろ、それもしかしてスタンガン?」

「大丈夫。『複製』で出したものだから、足はつかないわ」

「いや、そういうことじゃなくてだな」

「出力は抑えているし、そもそも最大出力の半分程度しか再現できていないわ」

 由希は隣の幼馴染が恐ろしくなった。

「う……?」

 しかしそんなまひろの行動が功を奏し、知啓は目を覚ました。

「な、なんだね、君たちは?」

 状況が理解できずに、知啓は警戒を露わにした。

 しかし、すぐに由希たちに気付いたようだった。

「君たちは……この前の」

 以前とは違って、今の知啓は由希たちを邪険にするようなそぶりは感じられなかった。

「……君たちの言っていたことはやはり正しかったのかもしれないな」

「え?」

「あの後、研究者を名乗る人間がうちに来たんだ……そして君たちと同じように、奏を保護すると言い出した」

「それを……受け入れたと?」

「ああ」

「ふざけるな!」

「なっ!?」

 突然つかみかかる由希に、知啓は面喰ったようだった。

 その態度がますます由希を苛立たせた。

「あんたは、あの子を愛しているじゃなかったのかよ!それを、金に目がくらんで……」

「き、君に何が分かるというんだ」

「何だって」

 敵意を込めた表情で知啓は語った。

「調べはついているんじゃないか?私は妻に愛想をつかされて出ていかれてから、何をする気力もなくなってしまった。仕事を首になり、家の事もなにもやらずにほったらかしていた……しかし、ある日気づたんだ。私には奏がいるじゃないかと」

 由希は以前この家を訪れた時を思い出した。

 荒れた庭。まひろが薄いといった紅茶。

「それから、私は奏のためにできることをした。相変わらず家事は出来なかったが、精いっぱい愛情を注ごうとした。しかし、それでも現実は厳しかった。私が頭は良かったが、容量も悪く人付き合いも苦手だったから職も見つからず、貯金はどんどんと減っていく……食事が足りなくなり、奏が痩せていくのを見ていくのは辛かった……しかし、それでも奏は私の事を慕ってくれた」

 由希は知啓の言葉に違和感を覚えた。

「そこまで言うんなら、どうして?」

「なに?」

「どうして、彼女を研究所に引き渡したんだ!」

「それが奏のためになるからだ」

 再び理解不能な知啓の答えに由希は声を荒げた。

「どうして、それがあの子のためになるんだ!あの子は……あんたを愛していて。あんただってそれをわかっていたんじゃないのか!」

「だからこそだ!研究所はあの子を丁重に扱うと言ってくれたんだ……年に数回の血液検査だけさせてくれればそれで何不自由ないくらしをさせるって……それなら、迷いなんてしようもない!」

「なん……だって?」

 由希は思わず聞き返した。

「そう……言ってたのか?」

「ああ、そうだ」

 言葉が出てこない由希の代わりにまひろが口を開く。

「研究所はそんな甘いものではないわ」

 まひろは知啓に、奏がこれからどうなるのかを説明した。

 自分が行ったことを理解した知啓は、心の底から悔いた表情になった。

「私はなんてことを……」

 悲しみに暮れる知啓。

「あの子に……とんでもないことをさせてしまった。これでは、君たちの言う通り、金の為に娘を売った、最低の親じゃないか」

「諦めるのはまだ早い」

 由希は一切の迷いなく告げた。

「え?」

「教えてくれ。奏を連れて行ったのはどこか」

 目を見開いたままの知啓に、

「奏は俺たちが連れ戻します」

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