第22話

由希はアイギスのアジトに帰還すると、ミントとまひろに事の顛末を報告した。

「……ひとまず、状況はわかったにゃ」

 苦々し気にミントはつぶやく。隣のまひろも沈鬱にうつむいている。

 その様子から答えはわかっても、由希は尋ねずにはいられなかった。

「奏はこの後どうなると思いますか?」

 一瞬躊躇したような顔をしてからミントは答えた。

「仮に父親が言った通り、研究所に身売りされたというならば……人体実験をされるにゃ」

 由希は言葉を失った。

「オーナーはまだまだ未知の部分があるからにゃ。性質から危険性まで、ありとあらゆる実験がなされるはずにゃ……それに奏の場合はもっとひどい可能性があるにゃ」

 由希の代わりをするように、まひろが尋ねた。

「……それはどうして?」

「聞くところによると奏の能力は回復系の力にゃ。これは医療分野を始めとして、様々な分野に応用が考えらるものにゃ。だからこそ、研究機関は頭の先から足の爪の先まで奏を調べつくすにゃろう……父親に対して金額もかなりのモノを用意したにゃろうから、意地でも回収しようと考えているはずにゃ」

 ミントが告げる事実に、由希は眼の前の風景がゆがんだような気分になった。

 そして後悔が訪れる。

「俺のせいです」

「にゃ?」

「俺が保護しない方がいいなんて余計な事を言ったから」

「由希……それをいうなら、悪いのは、私」

 まひろが庇う様に割って入った。

「一緒に同行していた私が、こういうことになると由希にちゃんと説明できていなかったから」

「いや、それでも俺が……」

「由希の言うとおりにするべきだと、私が考えてしまった」

「だから、俺がいなければこんなことには……っ」

「やめるにゃ、お前たち」

 今まで聞いたことないするどい口調でミントが二人を静止した。

 由希もまひろも思わず口を噤んだ。

「お前たちは悪くないにゃ。最終的な判断は支部長である私が決めたのにゃ……由希、お前は責任を感じる必要ないにゃ」

「……でも!」

「今日のところはここまでにゃ。今は帰って寝て、それからまた考えればいいにゃ」

 語尾は相変わらずだが、にべもない様子のミントに、由希とまひろはしぶしぶ部屋から出た。

 地下から出て、家路を由希とまひろは並んで歩く。

 先ほどのミントの言葉もあって由希は黙っていたが、耐えきれない様子でまひろが口を開いた。

「大丈夫?」

「……大丈夫、でもないな」

「ミントさんも言ってたけど、由希は悪くないわ。間違っていたとも思わない」

「でも、結果的に間違った」

 蒸し返されると、由希も次々に言葉が腹の底から言葉が湧いて出てくるようだった。

「あの時、俺が余計なことを考えずに奏を保護していれば、彼女は研究室に引き渡されることもなかった……それになにより」

 痛みを伴いながら、由希の口から言葉があふれ出た。

「それに何より悔しかったのが……知啓が奏を思う気持ちが嘘だったこと」

 由希の頭に今でも焼き付いている、二人の笑顔。

 そこに由希は硬い絆を感じた。

 そしてそれは、由希にとってもよりどころとなっていた。

 由希が両親に置いていかれても。

 この前瑠香から聞いた、彼女の家庭での悲しい思い出を聞いても。

 知啓と奏のような親子はいるのだと。

 それを信じていたかった。

「俺は……これから何を信じていけばいいんだ」

「……由希」

 まひろが不意に、由希の肩に手を置いた。

 由希はまひろが自分を慰めてくれているのだと考えた。

 しかし、まひろの口から出たのは予想外のものだった。

「まだ、終わってないわ」

「え?」

 由希は思わず顔をあげた。

「どういうことだよ」

「だから、連れていかれたからって、奏は死んでしまったわけじゃない」

 先ほどとは違い、まひろの目には確かな輝きが灯っていた。

「奏を返してって研究所の人にお願いするの」

「そんな……返してくれるわけないだろ」

「だったら奪い返せばいい」

 力強い言葉に由希は目を瞠った。

「奏は消えてしまったわけでも、死んでしまったわけでもない。ただ一つ間違いなく言えることは……父親の帰りを待っているということ」

 まひろの声音に迷いは感じられなかった。

「由希は、どうしたい?由希にとって、自分がするべきことは何?」

「それは……」

「さっきも言ったでしょ……私は由希のやった事が間違っていたとは思わない。由希が迷ってるなら、私が由希を導く」

「まひろ……」

 幼馴染の力強い言葉に、由希の心に熱が灯った。

 そうだ。

 どうしてこんなところで悲観している暇があるのか。

 正しいと決めた道が、少し曲がっていたくらいで進むのを諦めるなど、そんなバカげた話があるか。

 自分のなすべきことをやる。

 それだけだ。

「ごめん、まひろ。俺、どうかしていたよ……そうだ、奏を取り戻しに行こう」

「ええ!」

 二人で決意を固めたところで、由希はふと思った。

「でも、研究所なんてどうやって探せばいいんだ」

「そんなの簡単」

「え?」

「本人に聞けばいい」

「お、おい、まひろ!」

 さっさと歩き出すまひろに由希は慌ててついていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る