第20話

 ウィンドウショッピングだの、カフェ巡りだのを付き合って、由希と瑠香が最後の店を出る時には、既に高校生は補導されるくらいの時間になっていた。

「はー、楽しかったー」

「それは、なにより」

 まだまだ元気いっぱいといった感じの瑠香に由希は抜け殻のようについていく。

「もう、そんなに疲れ切った感じだされるとちょっとショックだなー」

 瑠香が口を膨らまして、由希をのぞき込む。

 例によって近距離に瑠香の顔があったが、疲れ果てた由希の心臓はいつもみたいに反応することはなかった。

「そろそろ、その、お開きにして頂きたい……」

「えー、せっかくの記念日デートなのに」

「だから、何の記念日だよ……それに早く帰らないと、親御さんも心配するだろ」

 由希にとってそれは何気ない一言のつもりだったが、先ほどまでの瑠香の明るい表情が一瞬で冷ややかになった。

「心配する人なんて……いないよ」

「え?」

「家に帰ったって私に居場所なんてない……パパもママも、私にいなくなって欲しいと思ってるよ」

「なんで、そんなこと……親が子供の事そんな風に思うわけないだろ」

 由希の言葉は瑠香に対するものであったし、同時に自分自身に言い聞かせるものでもあった。

 しかし、瑠香は力ない声でそれを否定した。

「ううん、私が悪いんだよ」

「どういうこと?」

「……オーナーになったからだよ」

 瑠香は今まで由希が見てきた彼女からは想像もできないくらい、寂しく、悲し気に語った。

「私がオーナーに目覚めた時、力を暴走させちゃったの……ほら、由希君がやっちゃったみたいに」

 指摘されて、由希は胸に痛みが走った。その痛みを由希はこれから抱え続けるのだと思った。

 人を傷つけたという事実は、いつになっても消えることはないのだろう。

「それに、私は人を何人も巻き込んだ……死んじゃったんだよ……それで、目覚めた時は両親が病室で私のそばにいてくれた」

「ご両親は心配してくれてたんだ。それで、瑠香が目覚めるのを待ってたんだよ」

「私はパパとママに抱き着いて、優しく頭をなでてもらった……その時お母さんの手が振るえてるのがわかった」

「安心したんだよ」

「その時は、私もそう思ってた」

「え?」

 瑠香が一層、瞳に悲しみを携えていた。

「違うって、何が」

「……それ以来ね、パパとママが私と接する時は、怯えるようになったの。何をするにも、私の機嫌をとる様になった。少しでも私が気に入らないと感じると、すごく謝ってくるようになった」

「そんな……」

「そのうち気づいた……私が目覚めた時にママの手が震えていたのは、私が怖かったんだって」

 不意に瑠香が笑った。

「だからね、オーナーになるっていうのは、そういうことなんだ」

 瑠香の笑顔は、諦めの笑顔だった。

 由希は心が締め付けられるようだった。

 それは、ただただ不幸な事件だったのだろう。

 親ならば、子供がどんな境遇になろうと愛するものだと、世間ではいうかもしれない。しかし、実際はそう簡単な話ではない。

 未知に対する恐怖は、たとえ血の分けた子供であろうと感じるのは当然だ。

 さらに同じことはオーナーとは関係なく、普通の日常でも起きている。

 他ならぬ由希も親が離婚し、自分の前から去っていった。

 それは世の中に当たり前のようにあることなのだろう。

 しかし、それでも世の中には希望だってある。

 雛月親子だ。

 知啓は奏がオーナーであることがわかっても、父親として心の底から娘を愛していた。

 それは本当に恵まれていて、尊いことなのだ。

「あはは、せっかくの記念日なのにごめんね、こんな話して」

 あまりに空気が重くなったからか、唐突に瑠香が取り繕うように言った。

「別に……いいけど」

「というわけで、次どこいこうか」

「え?」

 突然の流れに由希は慌てて聞き返した。

「次って、何の話だよ」

「ええっ、今の私の話を聞いてもお開きにしようっていうの?」

「いや、そういう問題じゃなくてな」

 頭の片隅で、さっきの話が由希の同情を引くための嘘だったのではと疑念が湧いたが、由希は必死に振り払った。

 結局由希は断りきることが出来ず、

「わかったよ……じゃあ、あと一軒だけ」

「やった!」

 瑠香は大げさに喜んだ。

「向こうの方にね、朝までプランがすっごく安いカラオケ屋があるんだよ」

「おい、俺は朝までなんて言ってないぞ」

「細かいことは良いんだよほらほら」

 瑠香がまたぞろ腕に絡まってくる。

 それをされるとどうも由希は弱かった。

 一瞬、人前でこんなべたべたしてるのは恥ずかしいと思ったが、夜の繁華街には同じような二人組がたくさんいるので、由希はなんとか平静を保つことが出来た。

 若いカップルに、スーツを着た二人組、そして所謂夜のお店のスタッフっぽい女性と、その客のような組み合わせ。

「……え?」

 その中の一人に、由希は見覚えがあった。

 煌びやかな装いの若い女性と壮年の二人組の男性。

 そこにいたのは雛月知啓だった。

 顔を赤くしながら、しきりに女性に話しかけている。女性もそんな知啓に三味線を弾いていて、知啓はますます調子づいて大笑いをしている。

 ひどく浮かれて、羽振りがよさそうな知啓を見て、ふと由希は以前訪れた雛月親子の家の様子を思い出した。

 手入れのされていない庭。

 散らかり放題の部屋。

 味の薄すぎる紅茶。

 正直、裕福な印象はなかった。

 そうなると知啓がどこからそんなお金が出てるのか不自然に感じた。

「ねえ、どうかしたの?」

「ん、ああ」

 瑠香が由希の顔を覗き込んでいた。

 由希はそれでも知啓の方が気になってしまって、由希の視線の先を瑠香が辿ると、不機嫌そうに頬を膨らませた。

「もう、ああいう女の人が好きなの?」

「いや、そっちじゃなくて」

「え!?」

 突然瑠香が信じられないような顔になる。しかし、その理由を考える余裕は由希にはなかった。

 そのまま視線を知啓に釘づけたまま、

「瑠香、行きたい店ができた」

「え、ええ?おじさんを追ってどういうお店に連れてかれるの!?」

 よくわからないことを言ってる瑠香を引きずるようにして、由希は知啓を追ってネオンの灯る方へ歩き出した。

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