第18話
由希とまひろは警察の制服を着替えてから、公園のベンチに並んで座っていた。
小鳥のさえずりがそこらから聞こえてきて、ここは恐らく知啓が話していた公園なのだろうと思った。
「これからどうするか」
「考えるわ」
「え?」
「どうにかして奏を保護する方法」
まひろの言葉に由希は、思い切って言った。
「なあ、まひろ」
「なに?」
「あの子、どうしても保護しなきゃいけないのか?」
由希の言葉にまひろは眼をひそめた。
「一度断られて音を上げるの?……さっきのなんでもするっていうのは、やっぱり嘘だったの」
「ちがうよまひろ、そうじゃないんだ」
「じゃあ、どういうこと?」
「俺が言いたいのは……無理して俺たちが保護しなくてもいいんじゃないかって」
言葉と共に、先ほどの親子のやり取りが由希の脳裏に蘇った。
奏の無邪気な笑顔、それを見つめる知啓の優しい眼。
「すごく残酷なことだと思うんだ。あんなに仲いい親子を俺らで引き離すなんて」
由希は自分を置いて出て行った両親を思い出した。
奇しくも由希がちょうど奏の年くらいの時に、二人は離婚して、叔父夫婦に引き取られた。
叔父夫婦は両親の離婚を、由希がなるべく傷つかないように取り繕ってはいた。それでも当時の由希は子供ながらに、親が自分を必要としなくなった事は理解していた。
しかし、雛月親子は違う。
彼らは、互いが互いを必要としている。
娘は父親を愛し、父親は娘を愛している。
由希にとってそれは当たり前の事ではなく、とても貴重で尊いものであるという意識があった。
だから、彼らを引き裂いてはいけないのだ。
由希の言葉を聞いて、まひろは悲し気な表情を浮かべた。
「由希の言いたいことはわかる。でも、やはり由希はまだオーナーがどういう存在なのかを理解しきれていない」
まひろは淡々と続ける。
「由希の言う通り、あの親子を一緒にいさせてあげたとする。でも、遠くないうちに必ず奏は狙われるわ。その時現れるのは、もしかしたら途方もない悪党なのかもしれない」
「でも、だからこそ、聞かせて」
まひろは真っすぐ由希を見据えた。
言葉だけでなく、瞳を通して由希の意志を確認するかのようだった。
「それが、由希の意志?それが、由希にとって今なすべきことなの?」
まひろの問いに、由希はしっかりと視線を合わせながら答えた。
「ああ」
「わかった……じゃあ、この件はここまでにしましょう」
「え?」
思いがけない言葉に由希は驚いた。
「いいのか?」
「由希が言い出したんでしょう」
「そう……だけど」
大丈夫なのか、という問いを口にする前に、まひろが答えた。
「今回の奏の件については、実際差し迫った危険についてはおおむね排除できているの。彼女が能力を使ってしまった友人およびその関係者にはこちらで口外しないよう対処しているし、能力自体も人目を集めるような派手なものではない。父親にもオーナーが様々な要因で狙われるということは伝えてあるのだから、滅多なことは起こらないはず……ただ念には念をってことで保護に乗り出したわけ」
まひろの表情が緩んだ。
「だから、今回は由希の言う通り、様子を見ることにしましょう」
「ありがとう」
由希が感謝を述べると、まひろは照れくさそうに目をそらした。
「どういたしまして……むしろ、私の方こそお礼を言わせてほしい」
「え?」
「あの親子の関係を引き裂くということの重さを理解できていなかったわ。アイギスとしての任務にだけ意識がいって、人として大切なことを忘れていたかもしれない」
「そんなことない。俺が生意気なことを言っただけだ」
「いいえ、私は、由希にはそのままでいて欲しいと思っているわ……それに由希には、今回の自分の選択には誇りを持ってほしいの。誰かに言われたからじゃない、自分の意志だって。それは、とても大事なことだから」
「……ああ、わかった」
「それじゃあ、ミントに報告しましょうか」
「もしかして、怒られるかな?」
「どうかしらね。その時は由希がまたコスプレして土下座でもすれば許してくれるんじゃないかしら」
「いやコスプレしてないけどな。ってか、やっぱあれはわざとだったんじゃないか?」
「さあ」
そんな軽口を叩きあって、由希の初任務は終了した。
アイギスの地下本部に帰ってミントに報告すると、大げさにため息は疲れたものの、由希の選択は尊重してくれた。
胸をなでおろしながら、由希は胸の中にじわりと暖かい気持ちが生まれるのを感じた。同時に、雛月親子の事を思い出した。
自分は、あの笑顔を守ったのだ。
由希は自らの意志で掴みとった結果に、確かな手ごたえを感じていた。
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