第17話

 由希とまひろはコスプレではない、正式な制服を着て再び親子の家を訪れていた。

 チャイムを鳴らすと、先ほどの男性が出てきた。

 すぐに締め出すつもりかドアは半開きの状態のまま、表情は不審感を隠そうとしていない。

「何ですか、あなたたちは」

「ですから、私たちは警察です」

 制服を纏っているからか、どこか得意げにまひろは答える。

「……先ほどは警察に委託を受けたものと言っていませんでしたか?」

「言ってません」

「でしたら、警察手帳を見せてください」

 男性の言葉に、由希は内心頭を抱えた。

 これはお手上げかと思ったが、まひろは制服のポケットを探り、そして男性の目の前に突きつけた。

「これでいかがでしょうか」

 まひろの手には警察手帳が二人分握られていた。その意外な抜け目なさに由希は感心しながら、手帳を矯めつ眇めつする男性の顔を伺った。

 やがて、ドアがゆっくりと開かれた。

「入ってください。とりあえず詳しいお話をさせてください」

「ありがとうございます、失礼します……ほら、由希も」

「あ、ああ」

 上手くいったことが信じられない由希は、さっさと家に入っていくまひろを慌てて追った。

 二人はリビングに通された。

 4人掛けの大きなテーブルを中央にしてなお広い空間に、多機能そうなシステムキッチンが備え付けられた板。

 しかし、外の庭の様子と同じように、細かいごみは散乱しているし、キッチンには洗い物が放置されていた。

「座ってください」

 男性に促されて、由希とまひろはテーブルの椅子に座った。よく見ると、四つある椅子のうち一つは子供用のようで、他のものより高さがあった。

 男性が二人分の紅茶を用意して、由希とまひろの前に座った。

 まひろが紅茶に口をつけたので、由希も釣られて紅茶を飲んだ。

 やけに味の薄い紅茶だった。

 まひろも同じような感想だったようで、すぐにカップを置いて話に入った。

「改めまして雛月知啓さん、あなたの娘さん、雛月楓さんを保護させていただきたい」

「……娘が何か問題でも起こしたのですか?」

「問題と言えば問題ですね。ただ、起こしたというのは正しくない。言ってみれば娘さん自体が問題なのです」

「それは、一体どういうことですか?」

「中々説明が難しいのです。将来的に彼女は様々な事件に巻き込まれることになります。ですから、警察としては未然にそれを防ぎたいのです」

 由希はまひろが妙に回りくどい言い方をしているのが気になったが、それはアイギスの存在を出来るだけ伏せたいからなのだろうと解釈した。

 以前、まひろとミントに聞かされたことを思い出した。

 超能力を持つもの、オーナーは様々な思惑に晒されるということ。

 その配慮をまひろはオーナーを保護する組織の一員として徹底しているということなのだろう。

 しかし、そうはいっても相手は大の大人だ。

 理解を得るのは難しそうだった。

「ですが、差し迫った状況がないのに警察が保護というのは、それは法律の原則に反するのでは?あまり詳しくはありませんが、裁判所のお墨付きが必要なのでは?」

 知啓はまっとうな反論をまひろに返す。

 さあまひろ。ここからどう切り崩す?

「まひろさんは超能力を持っています」

「って、いっちゃうのかよ!」

「超能力……」

「はい」

 由希のツッコミに反応することなく、まひろは続ける。

「超能力をもっていれば、それを狙う人がいます。ですから、私たちはその脅威から娘さんを守るために保護をさせていただきたいと考えているのです」

 由希は恐る恐る知啓の方を見ると、意外にも真面目な様子で物思いにふけっているようだった。

 やがて、知啓が口を開いた。

「正直、思い当たる節はあります」

「え?」

 思わず聞き返す由希に、知啓は小さく頷いた。

「奏は昔から動物が好きでしてね、それで、ある日公園で小さな猫が傷ついているのを見つけたのです。かなり弱っているようで、もはや死んでしまうのも時間の問題という感じでした。でも、まひろは諦めようとはしなくて、どうにかして猫を助けるんだって」

 由希はその時の少女の様子を思い浮かべる。傷ついた小動物を両手に乗せて泣きじゃくる少女。

「奏のあまりの様子に、私はなんて声をかけていいかわからなくなってしまった……そうしたら、信じられないことが起きたんです」

 まるで目の前で再現されているかのように、知啓は語った。

「その猫の体が光りだしたんです。それはしばらく続いて、やがて収まりました。次の瞬間、猫が目を開けたのです。猫は起き上がり、自分に何が起こったかわからないように辺りを見回して、やがて元気に飛び立っていきました」

「そんなことが……」

「それ以降も奏さんがそれと同じことをしましたか?」

 まひろがぶっきらぼうに尋ねる。

「いえ、しばらくは見ていません。ですが、最近」

「最近?」

「友達が怪我をして治してやったという話をしてきましたね」

 まひろが苦々しく顔を歪めた。

 由希は幼馴染の反応が気になって、

「どうしたんだよ」

「それは、とてもまずいことよ」

「なんでだよ。友達想いのいい子じゃないか」

「それはそう。でも、事はそう単純じゃないわ」

「どういうことだよ」

「彼女の力を目の当たりにして、友達はどうすると思う?」

「どうするってそりゃあ……」

 当たり前のように口にしようとして、由希はまひろが言わんとしていることを理解した。

 まひろが頷いた。

「由希には説明したと思うけど、超能力というのは露呈してはいけないものなの。そして噂は噂を呼んで、遂には邪な目的を持った人間たちの耳に届くわ」

「そんな……」

「知啓さん、奏さんを保護させて頂きます」

 しかしそれでも、知啓は首を縦に振らなかった。

「あの子は私の子供です。離れるなんて考えていません」

「危険が迫っているんですよ」

「それでも、私が父親です」

 押し問答が始まるかと思った瞬間、玄関のドアが開けられる音がして、明るい声が聞こえてきた。

「おとーさん、ただいまー!」

「奏、お帰り」

 小さな少女、雛月奏がリビングに入ってくるやいなや知啓に抱き着いた。

 知啓もを娘を優しく抱き留める。

「今日は、学校楽しかったか」

「うん!あのね、今日は算数のテスト、100点だったの、見せてあげる」

 いいながら奏がランドセルに手を入れようとして、ようやく由希たちの存在に気付いた。

 クリクリの二つの双眸がさらに大きく見開かれた。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、だあれ?」

「ああ、この人たちはお客さんだよ。ほら、挨拶しなさい」

「こんにちはー」

 親子の微笑ましさを辞書で引いたら出てきそうな知啓と奏。

 一方で、まひろはまだ食い下がった。

「知啓さん、奏さんを保護させてください」

「まひろ!」

 由希はまひろの口を押えた。

 それ以上、まひろの無粋な言葉で親子の時間に水を差してほしくなかった。

 それは、部外者が踏み入ってはいけない神聖なものだ。

 由希がそのまままひろを家から連れて出ようとすると、知啓が尋ねた。

「ご協力できなくて、すみません。あなたたちのお気遣いはとても痛み入りました。ところで、あなたたちは何者ですか?超能力なんてことを知ってるなんて、……もしかして、あなたたちも超能力……」

「いいえ、警察です」

 由希は答えると、雛月家を後にした。

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