第16話

 由希はまひろと共に、ミントから教えられた住所の家の前にいた。

 一軒家で柵のついた玄関と、奥には庭が見え、車庫にはワンボックスカーが止められていた。

「結構お金持ちなのかな」

「確かにそうも見える」

「そうとしか見えなくないか?」

「よく見て」

 まひろが庭を指さした。

「庭は手入れされていなくて雑草が伸び放題だし、車だって汚れが目立っている」

「……確かに」

 由希は件の親子について、母親が出て行ってしまっていることを思い出した。

 恐らく、手入れをしていたのが母親で、その役割を担う人間がいなくなってしまったのだろう。

「とにかく、話を聞いてみよう」

「つっても、どうするんだ」

「とりあえずコンタクトを取りましょう」

「だから、具体的にどうやって説得するんだ」

「それは、状況に応じて柔軟に対応可能」

 言うが早いか、まひろはインターホンを押した。

 急な展開に由希が呆気にとられる中、やがて扉が空けられ、中から一人の男性が現れた。

「……どちらさま?」

「私たちは警察のものです。娘さんの奏さんの身柄を保護するべくまいりました」

「はあ!?」

 由希は思わずまひろを見た。

 まひろは一体全体何を言ってるんだろうか。

 そんなの信じてもらえるわけがない。

 由希の内心通り、 男性はあからさまに疑ってまひろと、由希を見た。

「……あまり警察の方には見えませんが」

「正確には警察に委託を受けたものです」

「何か証明するものを出してください」

「そういったものはありません」

 あまりに堂々としているまひろに、もはや由希は感動すら覚えた。

「……いたずらでしたら、もう失礼します」

「いたずらではありません。奏さんはすぐに保護が必要なんです」

「早く帰ってください、さもなければ警察を呼びますよ」

「何を言ってるのです。私たちはその警察から委託を受けて……」

 まひろが言い終わらないうちに、無情にもドアは閉められた。

「そんな……」

「いや、当たり前だろ」

「市民は警察に協力する義務があるはず」

「いや、自己申告でそういった所で信じてもらえるわけがないだろう……そもそも俺ら格好がどう見ても警察じゃないからな」

「ああ」

「ん?」

 突然得心が行ったという風に、まひろが手をたたいた。

「由希の言う通り。要は制服を用意すればいいだけの話」

「用意って、どうやって」

 警察の服を一般人が着るのはれっきとした法律違反だ。

 アイギスの活動を手伝う気持ちはあるが、警察の厄介になるつもりはさらさらない。

 しかし、由希の内心を読んだように、まひろはにやりと笑った。

「忘れた?私の能力は『複製』」

 そういって、まひろは空中に手をかざした。

 手のひらの上が微かに光り、一瞬強く輝いた次の瞬間、まひろの手のひらの上にはよく見る紺とブルーの警察服が乗っていた。

「すげえ……」

「これを、近くのトイレでさっと着替えて、話を聞いてすぐ着替えなおせば問題ないわ」

 しかし、ここまでされても由希はまだ抵抗があった。

「でも、なんか騙すみたいでなあ……」

「甘いことは言わないで」

 まひろは真剣な顔で言った。

「アイギスの活動は、慈善活動ではないわ。目的のため、時には手を汚すことだって必要になるかもしれない。これくらいのことで、罪悪感を感じているなら由希はもう私たちに関わらない方がいい」

 声音は、表情よりも雄弁に、由希に真意を説いていた。鬼気迫る幼馴染の表情に由希は自分の甘さを恥じた。

「わかった。俺にできること、なんでもする」

 由希の言葉にまひろはようやく表情を緩めて、頷いた。

「それじゃあ、向こうの公衆トイレで着替えて、終わったら入口で合流しましょう」

「わかった」

 制服を受け取り、由希はトイレに入る。

 先ほどのまひろに言われた言葉を胸中で噛みしめた。

 時には、手を汚すことも必要。

 それは、具体的に何を指すのだろうか。

 誰かを騙すことから始まり、誰かを傷つけることもあるのか。

 そしていつかは、誰かをその手にかけなければいけないこともあるのだろうか。

 由希は被りを振った。

 今は、細かいことは考えるな。

 とにかく、俺はやると決めたんだ。

 自分がやるべきこと。まひろのためにできること。

 どんなことであろうと、やってやる。

 そう決意して、由希は手渡された制服を着ようとして――

「って何でミニスカポリスなんだよ!」

 由希が大声をだすと、女性トイレの方からまひろの声が聞こえてくる。

『ごめんなさい、間違えてコスプレの方の警察服を出してしまったわ』

「なんかよくわかんねえけど、とりあえず変えてくれ!」

『さっきなんでもするって言ったのは嘘だったの』

「なんでもってそういうことじゃねえだろ!ああもう、いいから、もう一回出してくれー!」

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