初任務

第15話

アイギスに入ってから一週間とちょっと。由希はまひろとアジトに向かっていた。地下へ降りるエレベーターの中で由希はまひろに尋ねた。

「それにしても、招集って一体何をやるんだ?」

「基本的には、新たに決まった任務が言い渡されることになるわ」

「任務……」

 任務という言葉に、由希はようやくアイギスが目的を持った組織であることを理解した。

「でも任務っていったって……一体何をやるんだ?」

「それを聞きに行くのよ」

 まひろからすげない返事をよこされて、由希は面食らった。

「それに、由希は無理して参加する必要だってないわ」

「え?」

「だって、由希は巻き込まれただけだもの。だから、断ったっていいの」

 相変わらず淡泊なまひろだったが、その中に自分に対する気遣いを由希は感じた。

「いや、やるよ」

 前を向いたままだったまひろが、由希を見た。

 まひろの瞳を由希は受け止めながら続けた。

「決めたんだ……自分のするべきことするって。あの時まひろと話して、そう考えるようになったんだ」

「……そう」

 エレベーターが到着して、由希とまひろはミントの部屋に向かう。

 部屋のドアを開けると、ホワイトボードを用意した状態のミントに出迎えられた。

「ようやく来たかにゃ。それでは、今回の任務を説明するにゃ」

 ミントの言葉に由希は頷いた。

「今回のターゲットは一人の少女にゃ。彼女の身柄をこちらで保護するにゃ」

「保護、ということは彼女はオーナーということ?」

「そうにゃ。うちの独自ルートの情報によると、少女は小学校の低学年。一年位前に母親が家を出て行ってから、父親と二人暮らしにゃ」

「出ていったって……どうして?」

「確実なことはうちでは突き止めようがないが、父親は研究者で家の事を省みないことが多かったそうにゃ。恐らく、それで愛想をつかして……ということにゃろう」

 話をきいて、由希は少女に自分を重ねた。親との離縁は子にとって、一生癒えることのない傷となる。

「それで、先日この家の近くの公園で、レリックの接触反応を検知したにゃ。その場では誰が元凶かわからなかったのにゃが、近所の住人が当日その少女と父親が公園にいるのを見たそうにゃ」

「なるほど」

 相槌をしたものの、由希の中で疑問がわいた。

「でもミントさん、その場合だと、父親がオーナーである可能性もあるんじゃないのか?」

「レリックは人間の持つ意志や衝動が大きく関係するにゃ。だから、基本的に大人ではなく多感な子供が接触を起こしやすいのにゃ。まあ、父親である可能性がまったくないわけではないが、その線は薄いにゃ」

「なるほど」

 相槌を打ったところで、再び由希の中で疑問がわいた。

「あの、ミントさん」

「なんにゃ」

「それは、つまりその親子は離れ離れになってしまうということなんでしょうか」

 由希の質問に、俄かに場が静まった。

「まあ、そういうことにはなるにゃ」

 ミントは口調を重くした。

「確かに由希が言いたいことはわかる。しかし、私やまひろから聞いているように、オーナーというものは色んな勢力から狙われることになるにゃ。そのために、アイギスは保護をするという方針を取っているにゃ」

 由希は頷くことが出来なかった。

「……まあ、それら諸々を含めた判断をまひろと由希にお願いしようと思うにゃ」

「はい」

 まひろが頷く。

「まひろは由希にいろいろ教えてあげて欲しいにゃ。せっかくやる気を出してくれたんにゃから私も尊重したい」

 ミントは由希に視線を移した。

「由希もこれを機に、アイギスがどういう組織なのかを知るといいにゃ。今回の任務は危険もないし、緊急性もなく、高度な政治性もない。とにかく勉強するつもりで望んで欲しいにゃ」

「分かりました」

 由希の返事にようやくミントは満足したようだった。

「それでは二人とも、いってらっしゃいにゃ」

「いこう、由希」

「ああ」

 由希はまひろと共にミントの部屋を出る。

「さっそく現場に行くわ」

「わかった」

 そういって由希はまひろに続いた。

 初めての任務。

 自分にできることをやるという思いを実現する第一歩だ。

 しかし、それと同時に由希の中で小さな疑念も生まれていた。

 少女と父親。

 愛するものを失った者同士を引き離すことが果たして正しいのか。

 その疑問は解消されないままで、由希にとって決して他人事とは思えなかった。

 迷いを抱えながら、由希は地上に続くエレベーターに乗り込んだ。

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