第12話
由希は昨日案内された地下空間のうちの一室で、ミントに超能力についてレクチャーを受けていた。
一見何に使うのかわからないようなオブジェが並べられているうちのひとつ、巨大な岩のような物体に向けて由希は神経を集中させていた。
「超能力を使うには、意志の力が重要となるにゃ」
「意志の力……」
「そうにゃ、初めて力を使った時の事を思い出してみれば、意味がわかるはずにゃ」
ミントに言われて、由希は先日の不良たちとの一件を思い返す。
少女を助けたくて割って入ったのにも関わらず、少女には見捨てられた。その後の不良たちからの暴行。そして、極めつけは、予想外に的を射た、不良たちの言葉。
『お前の行動は、誰のためにもなってねえってことだよ……これからは、分不相応な事は控えとけ』
あの時感じたのは、理不尽に対する怒りだ。
その時の怒りを再現することで、再び超能力をつかえることになるのだろう。
由希は怒りを思い出そうと、集中した。
腹の奥底に眠る怒りの感情。それが
しかし、先日の少女の時にわかったように、そう簡単なものではなかった。
変化なく佇んでいる岩のオブジェクトは、無意味な行いをする由希をあざ笑っているようだった。
やがてミントのため息が聞こえた。
「いったん休憩しようにゃ。根詰めてやってもいいことないからにゃ」
「……はい」
由希は集中を解き、仰向けに倒れこんだ。
何も起きていないのに、妙に体が疲れて感じるのが虚しく滑稽だった。
「それにしても、突然どうしたんにゃ」
「え?」
「昨日の今日で早くも鍛えてくださいなんてにゃ」
「……まひろに色々聞いて、考えたんです」
「ふむ……それでにゃ?」
由希は手を宙にかざしながら、滔々と語った。
「俺は、今までずっと不貞腐れてただけなんだなって思ったんです。心の中に、自分の行動が人を不幸にしてしまっているっていう考えがありました。でもそれは、ただの言い訳だった。結局、自分の行動は自分に責任があるんだって。その中でなんとか生きていかなければならないんだって思ったんです」
ミントは静かに由希の言葉に耳を傾けていた。
「今俺が一刻も早くするべきこと、それは力を使いこなして、まひろを安心させてやること。まひろが、俺を巻き込んでしまったことに罪の意識を感じないようにすること……それだけなんです」
「そうか」
由希の話を聞き終えて、ミントは小さく頷いた。
「まあ、焦る必要はないにゃ。由希のペースでやってみればいいにゃ」
「そのつもりです」
言いたいことを言い終えた由希は勢いよく起き上がり、再び岩に向けて神経を集中させる。
しかし、何も起こらない。
自分がオーナーであるという事実が、まるで世迷言のように思えてくる。
ふと、気になったことがあって由希はミントに尋ねた。
「そういえば、ミントさんはどんな能力が使えるんですか?」
「にゃ?」
突然の質問にミントは面喰ったようだったが、あっけらかんと答えた。
「私は何の能力も使えないにゃ?」
「へえ……えっ!?」
由希は思わず振り返った。
「使えないって、どういうことですか?」
「だから、超能力なんて使えない。言ってみればただの人間にゃ」
由希は昨日のミントの説明を思い返した。
曰く、オーナーにはレジストと呼ばれる抵抗力があり、通常の人間よりも遥かに強靭な肉体を持っているという。
そもそも、能力自体が人知を超えている。
5年前の男も、昨日の少女も、まひろも、それぞれが人知を超えた能力を行使していた。
それに関わっている組織のリーダーが、よりにもよって能力を持っていないなんて。
由希の考えが顔に出ていたのか、ミントがこれ見よがしに胸を張っていった。
「由希の言いたいことはわからないでもない、でも安心するにゃ」
その言葉に、由希は期待した。
もしかしたら、由希の懸念を払しょくするような新事実が明かされるに違いない。
「支部長は、この場所で一番偉いにゃ。一番偉いということは、一番強いということにゃ」
「……は?」
「だから、能力なんて使えなくても関係ないにゃ」
何が何だかわからない。
やっぱり、この人は変だ。
そう、確信した。
「まあ、それはそうとしてにゃ」
「え?」
いつの間にか、ミントは案じるような表情で由希を見つめていた。
「これから、由希の人生はたくさん辛いことが起きるにゃ。超能力という未知の存在は、人々にとって畏怖を齎すと同時に、たまらなく甘美な輝きを放っているにゃ」
それは、彼女の見てきたものがそのまま言葉となって現われているようだった。
「たくさんの思惑に、お前は、オーナーは晒されることになるにゃ。お前たちが、想像している以上に……」
由希はミントの言葉を黙って受け止めた。
「辛くなったら、いつでも私を頼るにゃ。それは、由希だけじゃない。まひろも同じにゃ。支部長は、お前たちを守るためにいるにゃ……それを、忘れないで欲しいにゃ」
「……わかりました」
途中、驚きの事実はあったにせよ、ミントの言葉から嘘偽りはまったく感じなかった。
だからこそ、由希はしっかりとミントの目を見て、頷くことが出来た。
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