第10話

 由希はまひろとともに、支部長こと、匂坂ミントの部屋に通された。

 階段上の重厚な扉の向こうは思いの外普通の部屋で、テーブルを囲むようにソファが4つ並んでいる

 由希とまひろが隣同士に座り、対面にミントが座っていた。

「それじゃあ、聞きたいことなんでも答えるにゃ」

「そうですね……それじゃあ、なんで語尾がにゃ、なんですか?」

「由希!」

「へ?」

 まひろが珍しく慌てて制してくる。

「それだけは、聞いちゃいけないの……」

「なんで?」

「……聞こえなかったにゃ。もう一度、言ってほしいにゃ」

「えっと、ですからどうして……」

「由希?ホントに」

「はい」

 有無を言わせない口調のまひろに、由希は従うことにした。

 ミントが仕切りなおすように咳ばらいをしてから言った。

「ここはアイギスという組織にゃ」

「アイギス?」

 由希にとってまったく耳にしたことのない単語だった。

「『Anti Emergency、Guardian of that has Interesting constitution』の頭文字と、最後に複数系のsをつけてアイギスにゃ。意味は『緊急事態を防ぎ、興味深い体質を持つ人間を守護する者たち』にゃ」

「それは……いったいどういう組織なんですか?」

 その質問を予測していたように、ミントは頷いた。

「アイギスは、由希君のように超能力を持っているものを保護する組織なのにゃ。ちなみにアイギスっていうのはギリシャ神話に出てくる無敵の盾にゃ。守るっていう意味で中々のネーミングにゃろ」

「ちょっと待ってください!」

「んにゃ?」

 由希は思わず、ミントの話に割って入った。

「今の、どういうことですか?」

「んにゃ?知らんのかにゃ。ギリシャ神話ってのは……」

「そうじゃなくて!俺に超能力って……何の話ですか?」

「んにゃー?」

 由希の反応が意外だったのか、ミントはぽかんとした顔になった。

「にゃ、にゃははははははは」

 突然、ミントは笑い出した。

「由希君、さすがにそれは無理がある冗談にゃ」

 呆然とする由希を他所に、ミントは笑いすぎて出たな涙をぬぐっていた。

「由希君は先日、その超能力で、不良ごと街を破壊したじゃないかにゃ」

「知ってるんですか」

「もちろんにゃ。アイギスの情報力をなめるにゃよ。加えて言えば、さっきも由希君が一人の少女と能力を使って超能力を使って戦っていたこともしってるにゃ」

 由希はぐうの音も出なかった。

「あれは、由希君の力が暴走した結果にゃ。でも別に、気にすることはないにゃ。オーナーになる人間は必ず、通る道にゃ」

「でも結果的に、不良学生たちを怪我させてしまったんです」

「別に死んだわけじゃないんにゃ。それに、不良って由希君も言ってるのにゃ。悪いやつは報いを受けるのが当然にゃろ」

「でも……」

「大丈夫。警察には私が手を回しておいたにゃ。病院でほとんど尋問されなかったにゃろ?」

「そういうことじゃなくて!」

「うにゃあ?なら、街が壊れたことかにゃ?それも私が根回ししておいて、今頃は急ピッチで修復が進められてると思うにゃ」

 由希はしばらく話していて気付いたことがあった。

 どうやらこのミントという人物は、通常の人間とは価値観が違うようだ。

 とはいえ、それは組織の上に立つ者にとっては必要な素質なのかもしれない。

 アイギスなんて組織を作り、超能力者を保護するなんて、まともな真剣で続けられることではないだろう。

 そう考えると、由希はこれ以上口を挟むのは非生産的な気がして来た。

 むしろ今は、ミントから情報を得ることが先決だろう。

「由希君も気になっていると思うから、そもそも超能力は何なのか、について説明するにゃ」

 ミントは立ち上がると、隅に置いてあったホワイトボードを持ってきた。

 ペンを持つと、大きく「科学」と書いてそれを〇で囲った。

「この世には科学があることは誰もが知ってることにゃ。先人たちの発見によって、火が生まれ、電気が生まれ、さらに高度な概念が次々と生まれてきている。しかし、まだまだ見つかっていないものもたくさんあるのにゃ」

 ミントは先ほど書いた「科学」の外側に大きく「未知」と書いた。

 そして今度はその隣に六角形を書いて、その右上から人間の持つ五感を書き込んでいった。当然、六角形の最後の角は空欄となる。

 そこに、「新しい感覚」と赤いペンで書きこみ、先ほどの未知を線で結んだ。

「その未知を感じ取り、操る事を私たちは「アナザーセンス」、つまり超能力と呼んでるにゃ。そして、その能力を持っているものをオーナーと呼んでるのにゃ」

 由希は始めて、自分の引き起こした数々の事象の答え合わせをした。

 ミントの説明は到底信じられなかったが、納得できることもあった。

 由希の起こした、原因不明の破壊現象。襲撃してきた少女の操る影のような物体。まひろの生み出した武器。

 そして、5年前。

 由希とまひろを襲った男が使っていた力。

 それらが、通常の人間では使えない、ミントがいったアナザーセンスということになるのだろう。

「理解したかにゃ?」

「……まあ、理屈は。まだ、受け入れ切れてはいないですけど」

「まあ、その辺はおいおいにゃ」

 自分の説明が無事伝わったことが嬉しかったのか、満足そうな表情でミントは頷いた。

 次にミントは、ホワイトボードにアイギスと書き、由希、まひろの名前を書いて、それぞれまるで囲み、その後ろに、「CS」と書いてこれも〇で囲った。

 「CSは『Calamithy Species』の略にゃ」

 由希はその単語の意味を想像してみた。

 漠然としていて直訳が難しい。「直訳するなら、「災害」の「種類」だろうか。

「そいつらは自分たちを災害をもたらす種族だと言っているのにゃ。だから、Calamithy species」

「そのCSが、どうしたんですか?」

「由希を襲った女。あいつがCSの一員なのにゃ」

 由希の脳裏に、自分を襲撃してきた少女の姿を思い出した。

「あいつらもオーナーが集まって組織されている集団にゃ。ただオーナーたちの保護を目的としているうちと違っているのは、オーナーを集めて積極的に力を行使して、何かを起こそうとしているらしいとの事にゃ」

 その説明に由希は妙に合点がいった。先ほど襲撃してきた少女の、奔放で掴みどころのない笑顔には何らかの企みがある様な気がしたからだ。

「とはいえ、うち以上の寄り合い所帯だから、一枚岩というわけではなさそうにゃ。ただ、不規則的にオーナーの施設なんかや、超能力発露のきっかけとされるレリックを収集していたり、秩序を乱す存在であることは間違いにゃい。まあ、早い話が私たちの敵ということになるにゃ」

 そこまでいうと、ミントは唐突に手を叩いて、嬉しそうな顔で言った。

「さて、ここからはお待ちかね、由希君の超能力についてにゃ!」

「は、はあ」

「アイギスの独自調査による解析結果によると、由希君の能力は『破壊』にゃ」

「破壊……」

「うむ。接触したモノを破壊する能力にゃ。さらに、それはオーナーの持つ『レジスト』にも有効のようにゃ」

「レジスト?」

 また新しい概念が出てきて、由希の理解力はギリギリだった。

「レジストというのはオーナー所有者に確認されている、防御機構のことにゃ。ナイフや銃などの通常の武器に対して抵抗力が付くにゃ。そして、それを突破するには能力による攻撃が一番効果的にゃ。ちなみにレジストの量は、オーナーごとに差があるにゃ」

「つまり、どういうことですか?」

「オーナーは、肉体的にも通常の人間よりも強いってことにゃ」

「えっと……?」

 漠然とした理解ではあったが、由希はオーナーという存在がどういうものなのかわかってきた。

 これは、大変な社会的不安をもつ存在なのではないか。

 そう考えた瞬間、由希は急に眩暈を感じた。

 ふらりと崩れ落ちそうになるのを、となりのまひろが慌てて支えてくれた。

「大丈夫?」

「ありゃりゃ。少し詰め込みすぎてしまったようだにゃ。とりあえず、今日は一旦これくらいにしようかにゃ」

「すみません」

「いいにゃ。じゃあ、まひろ後は頼んだにゃ」

「はい、わかりました」

 そういうと、ミントはさっさと奥の部屋に引っ込んでしまった。

「とりあえず、部屋、案内するね」

「ああ、悪いな」

 まひろに肩を貸してもらいながら、由希は支部長の部屋を後にした。

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