第8話

頬から流れ出る血を見て、少女はようやく我に返ったようだった。

「誰、あなた」

「それは、こっちのセリフ」

「いきなりこんな……傷になったらどうしてくれるの」

「オーナーはそれくらい日常茶飯事でしょう」

「へえ?その訳知りな口ぶりから察するにあなたもオーナーなのかな?その割には拳銃なんて無粋なものを持ってるんだね」

「そんなことはどうでもいい。それよりも、由希から離れて」

「なにそれ、そんなことあなたに言われる筋合いないんですけど」

「ふざけないで」

 棘のあるチリチリとした舌戦を、由希は自分に飛び火してこないことを祈りながら見守った。

 そんな由希の思いもむなしく、まひろは手にしていた銃口を少女に向けた。

「伏せて!」

「へ?」

 由希は状況を理解できず、気の抜けた声を出した瞬間、再び破裂音、つまり銃声が響いた。

「うわっと」

 少女が銃弾をひらりと躱した。

 すると、たまたま弾丸の射線上にいた由希の足元のアスファルトに小さな穴が空いた。

 その穴には、銀色の鉛玉が確かに突き刺さっていた。

「ちょ、ちょっと待てまひろ!それ、本物か」

 由希の抗議をよそにまひろは続けて拳銃を打った。

「うおおおおお!待て待て」

 気づけばもう片方の手にも拳銃を装備して、いわゆる銃弾の雨が降り注ぐ。

「待て待て待て、ほんと、タンマ!まひろさん、プリーズウエイト!」

「だから伏せろって言った!」

「伏せてどうにかなるレベルじゃないだろ!」

「何やってるの、あなたたち」

 由希とまひろを見て、少女が呆れたように笑った。

 同時に、恐らく拳銃の方向から弾丸の方向を予測しているのだろう、少女は最小限の動きで銃弾を躱していた。

 その一方で由希は脚を奇妙なダンスを演じる羽目になったいたわけだが。

 やがて銃弾が切れたのか、まひろが手に持っていた銃を放った。

 すると、地面の上を転がった銃はまるで浜辺の砂で作った城が波にさらわれるかのように風に溶けて行った。

 まひろはさらに左手を宙にかざす。すると、空中からまるで3Dプリンタのように拳銃が生成されてまひろの手に収まった。

 その様子をみて、少女が呟いた。

「なるほど、それがあなたの力だったわけ」

「答える必要はない」

 再び銃撃。

 同時に、まひろは少女に向かって突進し、銃撃と共に高速の回し蹴りを放った。

 一瞬不意を突かれた少女は、まひろの蹴りを躱した瞬間、わずかに体制を崩した。

 不利な体勢の少女にまひろが銃を放つ。

 今度は少女はその銃弾を躱せなかった。

「うふ、無駄無駄」

 しかし、弾丸が少女に当たることはなかった。

 浮遊する影の物体が、少女に迫る銃弾を飲み込んでいたのだ。

 その光景にまひろは驚きに微かに目を瞠り、続けて銃を放ちながら距離を取った。それらの銃弾も全て影たちに飲み込まれていった。

「さて、満足したかな?」

 戯れのように笑う少女にまひろは油断なく銃を突き付けていたが、やがて銃を放り投げ、右手を宙にかざした。

 まひろの手のひらの上で新たな銃が作り出されていく。先ほどまでの拳銃よりも巨大なようで、その正体がわかった由希は思わず叫んだ。

「グ、グレネードランチャー?!?」

 ゲームでしか見たことのない代物を目の当たりにして唖然とする由希を無視して、まひろは躊躇なくグレネードランチャーを少女に向けた。

 由希は慌ててまひろを制する。

「待て、待て、そんなのこんなところでぶっ放すつもりかよ」

「由希、伏せて!」

「いや、そういうことじゃねえだろ、絶対!」

 言いつけを無視して、由希はまひろに駆け寄り、グレネードランチャーを取り上げようとした。

「な、何をするの!」

「こんなの使ったらこの辺がめちゃくちゃになるだろうが!」

「周囲に人がいないことは確認してる」

「それでも、これ以上この場所を破壊するわけにはいくか!」

「でも、あいつを仕留めないと」

 そうやって二人でもめていると、

「君たち、何をやっている!」

 由希が声の方を向くと、そこには警察官の姿があった。

「人いるじゃねえか!」

「そんな、馬鹿な」

「あれだけ、派手に銃声鳴らしてたら当然だよね……とりあえず、今日はここまでにしようか」

 不敵に笑い少女は身を翻した。

 去り際に少女が由希の方を見た。

「それじゃあ、またね、お兄さん……今日はありがと」

 そう、言い残して少女は去っていった。

 由希は小さくなっていく少女の背中を見つめた。

 結局彼女は何者だったのか。

 それはわからずじまいになってしまった。

 しかし、またどこかで会うようなそんな気がしていた。

「由希、何してるの!」

「あ、ああ」

 由希は警官に見つかっていた事を思い出した。

 慌ててまひろの後を追う。

「まひろ、これ、どこ向かってるんだ」

「……れ」

「え?どこだって?」

「あの人、誰?」

 走りながら、まひろが尋ねてきた。

 なぜか鬼気迫る声音だったが、由希は正直に答えた。

「この前、知り合ったんだ。そしたらまた今日会って、服が可愛くて。そしたら、襲ってきたんだ」

 走りながらなのと、頭の整理がついていなかったが、なんとか掻い摘んで説明することが出来たはずだ。

 まひろが、突然空中に向けて銃を撃った。

「おわ!」

 驚きのあまり由希は転びそうになるのを何とか堪えた。

「どうしたんだよ、まひろ」

「なんでもないわ」

「じゃあ、何で銃撃ったの今!」

「なんでもない!」

 結局よくわからないまま、由希はまひろを追い続けた。

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