第6話

「聞いてる?ヒーローのお兄さん」

 少女の言葉はあまりにも理解不能だった。

「えっと、ヒーローってなんのこと?多分人違いをしてるんじゃないかな」

「ええ、嘘!」

 由希の返答に、少女は大げさに驚いて、そのまま由希に近づいてきた。

「ちょ、ちょっと」

「うぅ~ん?」

 少女はまるで博物館の展示品を見るかのように由希の顔を検分して、

「うん、やっぱりヒーローのお兄さんだ。嘘はいけないよ、嘘は」

 少女は確信を持って、そう言ってるようだったが、由希はますます混乱する。

「だから、違うって」

「ああ、もしかして、お兄さんがあたしのことを忘れちゃってるのかな?」

「え、ええ?」

「ひっどーい!こんな美少女の顔を忘れるなんて!」

 そういうと、女の子がおもむろに、由希に顔を近づけてきた。

「だから、何なんだって.......」

「思い出した?」

 由希はその少女の顔を間近に見た。

 髪は肩くらいまでのツインテール。

 大きな目に夜の闇の中でも分かるくらい長い睫、すっきりとした可愛らしい鼻。柔らかそうな唇の間からは、小悪魔を思わせる八重歯がきらりと覗いていた。

 なるほど、自分で言うだけあってかなりの美少女だった。

 年は、由希と同じくらいに見える。

 しかし、やはり見覚えはない。

「えっと、小学校の同級生か......その辺?」

「その辺ってどの辺さ?」

「えー......っと」

「もう、なんでわかんないの!」

 少女が悔しそうな感じで、両手を組んだ。

 すると、細身の割に豊かな双丘ががもちあげられ、彼女の胸元から谷間が覗いた。

 由希は行けないと思いつつも視線がそこに吸い寄せられるのを止められなかった。

 彼女はなんというか、肌色面積の多い服を着ていた。

 胸元と肩が開いたトップスと、短いスカート。

「あ……」

 ようやく少女の姿が行きの記憶に結びついた。

「もしかして、この前男子生徒に絡まれてた……」

「おお、正解!」

 両手を叩いて、大げさなくらい少女は喜んだ。

「良かったー、本当にお兄さんの記憶から消されちゃったのかと思ったよ」

「まあ、なんとか」

「でも……変なタイミングで気づいたね?」

「いや、それは別に……たまたまだよ」

「ふーん、そっか」

「う、うん」

 由希は話を逸らすようにして尋ねた。

「それで……そういう君こそ何しに来たのさ」

「うーん、それはね」

 少女は人差し指を口にあてながら、考えるようなジェスチャーをして、

「お兄さんに会いに来たんだよ」

「え?」

 またぞろ、由希は面食らった。

 その様子をみて、少女が楽しそうにくすくすと笑った。

「あたしさ、お兄さんのこと好きになっちゃったの」

「は、はあ?いきなり何を言ってるんだよ」

「だってお兄さんも……使えるんでしょ?」

「使えるって……何を?」

 由希は相変わらず少女の言っている意味が分からなかったが、少女は尚も楽しそうに続けた。

「いやあ、本当にびっくりしたんだよ……あんな人目のある時間帯に、あんな派手にやっちゃうんだから。あたしだったら、ああはしないかな」

「何を、言って......」

「うふふ」

いつの間にか、少女の笑みにどこか危険な色を見て、由希は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

 不意に、視界の端に違和感を覚えた。

 生き残った街灯に照らされている残骸たち。

 それらの影が動いている。まるで集団で活動する虫たちのように蠢き、やがて一つ一つが地面から浮かび上がった。

「な……!?」

 由希はそれらの物体が、自分に敵意を向けているのを感じた。

「さ、楽しも。お兄さん♪」

 少女の言葉と同時に、影たちが由希に向かって襲い掛かってきた。

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