第4話

 由希が目を覚ますと、目に入ったのは見知らぬ白の天井だった。

思考と視界がぼやけたまま辺りを見回すと、自分の寝ているベッドのそばに誰かが座っているのが見えた。

「由希……!」

 その声で由希はその人物が誰だかわかった。

「まひろ……」

「良かった……目覚めてくれて」

「ああ」

 由希はまひろが右手を握ってい事に気づいた。

 手のひらを通じて感じるまひろの温もりは心地よかった。

 やがて真剣そうな声音でまひろが尋ねた。

「ねえ……何があったの?」

 由希は意識を失う前の記憶を手繰り寄せた。

 今思い出しても理解が出来ない状況で、言葉にするのがひどく難しい。

「その……周りのモノがひとりでに動いたり、壊れたり、燃え上がったりして」

「うん」

「その内、壊れた車から漏れたガソリンに炎が引火して......」

「そう、だったの」

 突飛な話にも拘らず、まひろは疑問をぶつけてこなかった。

それはまるで、当の由希よりも事態について理解しているようですらあった。

そんなまひろが由希は気になりもしたが、話を続けた。

「女の子が絡まれていたんだ……俺の学校の生徒数人に囲まれて。それで助けようとして……だめで…。そうしたらさっきみたいなことが突然起こったんだ。不良たちは巻き込まれて、俺も気を失って……気づいたら、病室にいたんだ」

「由希は……体に、痛いところはない?」

「えっと……」

 まひろに問われて、由希は自身の体を検分した。

 驚くべきことに、あれだけ暴行を加えられたというのに、骨折やあざなどはないようで、痛む場所もなかった。それに最後に巻き込まれた大きな爆発についても、体が吹き飛ばされていく感覚を味わったにも拘らず、何箇所かかすり傷があるくらいだった。

 由希が自身が無傷であることに驚いていると、

「ごめんね」

 まひろが悲しげな顔でそういった。

「え?」

 その謝罪の意味が由希はわからなかった。

「どうしてまひろが謝るんだよ」

 まひろは煮え切らない様子のまま、口をつぐんでしまった。

 沈黙が二人を包む。

 事件以来、珍しくなくなった光景。

 由希は、無性に先ほどのものを含め今まで疑問を精算したくなった。

 あの事件のこと。

 先の思わせぶりなまひろの沈黙。

 そして、指輪をつけてくれなくなった理由。

 決意して、由希が口を開こうとした瞬間、

病室のドアがノックされて、返事を待たずに二人の男が入ってきた。

 その身なりから男たちが警察官であることがわかった。

 二人の警官は、今回由希が起こした事件を担当しているのだという。

 由希は彼らに事情聴取を行われることになった。

 しかし先ほどのまひろとは違い、警官たちは怪訝な表情で話を聞くばかりであった。由希自身も信じ切れてはいないが、それでも嘘はついていないので、加害者として疑われている印象はなかった。

 話が煮詰まってきたところで、由希は気になっていた、不良たちがどうなったのかを聞いた。

 警官によると、不良たちは程度に差こそあれ、皆怪我を負っているようだった。中でも車の爆発に一番近くで巻き込まれたリーダー格の男と、電柱につぶされた男は重症のようで、由希が入院している病院よりももっと大規模な病院で治療を受けているとのことだった。

 その事実に、少なからず由希は自責の念を覚えた。

 自分が彼らに関わったことで、怪我をさせることになったからだ。

 元々、怪我をさせようなんてつもりはなかった。ただ、女性に対する狼藉を止めたかっただけだった。

 しかし結果として、彼らは大きな怪我を負った。

 その事実は、由希の心を確実に蝕んだ。

 当時のリーダー格の男の言葉が蘇った。

『お前の行動は、誰のためにもなってねえってことだよ……これからは、分不相応な事は控えとけ』

 これが、自分という存在なのだ。

 自分のなすべきことなんて息まいて、結果的に人を不幸にする。

 そしていつも、自分は無傷だ。

 俺は、ずっと、こうだ。

 結局、由希はそれ以上言葉を続けることは出来ず、病室には居心地の悪い雰囲気が漂い続けた。

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