第3話

 一斉に由希に視線が集まった。

「一人相手に寄ってたかって恥ずかしくねえのかよ!」

 不良たちがお互いに顔を見合わせた。

 そして、あからさまに見下したような顔になった。

「あんた誰よ」

 彼らの標的が完全に自分に移ったのを感じた。

 一人また一人と男たちが由希を取り囲んでいく。

 リーダー格らしき男が目の前に来て、ゆっくりと由希の顔をねめつけた。

「……で?それで終わり?かっこよく登場すればなんか解決すると思ったか?」

「それは……」

 由希は答えようとすると、唐突に突然大きな衝撃を腹に感じた。

「がは……」

 由希はたまらず腹を押さえて膝間づいた。じんわりとした痛みが体の中心から全身に広がってい久野を感じて、由希は自身が腹部を殴られた事を理解した。

「ははは!よええでやんの!お前、俺たちのサンドバックになるために登場してくれたのか?なら、お望みどおりにしてやるよ!」

 今度は後頭部に衝撃。由希は自分が地面に這いつくばらされるのを感じた。

 それからは男の言うサンドバックそのものだった。

 痛みが襲い掛かってきた部分を庇っても、また別のところを打たれる。由希はただ痛みの嵐が過ぎ去るのを必死に待つほかなかった。

 やがて永遠とも思えるような乱打が終わり、由希はぼろ雑巾のようにアスファルトの上に倒れ伏した。 

 痛みと屈辱と砂と血を同時に味わっていた由希は、自分の後頭部が掴みあげられるのを感じた。

 リーダー格の男の歪んだ笑顔が由希の眼前に現れる。

「なあ、気分はどうだ?」

 由希が喋れる状態じゃないと踏んでいるようで、男はにやけたまま続けた。

「かっこつけて人助けなんてするもんじゃあねえよ。誰も得しねえんだからよ……お前も、俺らも」

「どういう、意味だよ」

 由希が口を利けたことが意外だったのか、男は一瞬目を瞠ったが、すぐに笑みが戻る。

「あの女、いなくなっちまった。お前がやられてる隙にな。お前はボコられて、感謝もされねえで助け損だ。それに加えて、俺らもお前のせいでお楽しみがなくなっちまった」

 男がさらに顔を近づけてきた。その下卑た視線はなぜだか、由希の視線にまっすぐ突き刺さった。

「お前の行動は、誰のためにもなってねえってことだよ……これからは、分不相応な事は控えとけ」

 男の、ただ見下すため中傷は、由希の心を思いがけず揺らした。

 誰のためにもならない行動。その言葉に由希は思い当たる節があった。

 両親の離婚と、まひろの変化。

 それは由希にとっての泣き所で、侮辱されることで心が大きくかき乱された。 

 それに加えて、不良の言う通り、今助けたはずの少女の姿はどこにもなかった。

 見返りを求めていたわけではないし、彼女が助かったのなら自分のしたことが間違ってはいないと、理屈ではそう思っている。

 しかしそれでも、由希は自分が正しいことをしたのか自信がなくなった。

 次第に、自暴自棄のような感情が由希を支配した。

 そしてそれは、まるで生き物のように蠢き、自身の獰猛性をぶつける対象を探し始めた。

「とりあえず、金目のもんはっと……」

 由希が暴行されている間に吹き飛んだバックの中身を、男子生徒の一人が楽し気に探っているのが見えた。

「ふざけんな……」

 痛みと一緒に、普段感じることのないような感覚が上ってくる。

 それは徐々に強まっていく。

 すると、周囲に変化が起こった。

 重機が転倒し、大破したかのような轟音が響き、由希の周りのアスファルトに大きな亀裂が入った。

「な、なんだ!」

 突然の出来事に、不良たちが狼狽えた。

 再び巨大な音が響くと、路の脇に設置されていた電線のうち一つの根元が炸裂し、男子生徒の一人に倒れこんだ。

「ぎゃあ!」

 なすすべもなくその男子生徒は電柱につぶされて、身動きの取れないまま気絶してしまった。

 その様子を見ても、由希の中の激情が収まることはなかった。

 異常な現象はさらに続いた。次々と周りの物体がひとりでに破壊され、その余波が男子生徒たちを巻き込んでいく。

 道路の壁が倒壊し、建物のガラスが割れ、止まっていたバイクがエンジンが炎上した。

「ひ、な、なんだよ……これ!」

 気づけばリーダー格の男が、理解不能の状況に腰を抜かしていた。

 彼の背後には車が停車していて、オイルタンクが破損しているのかガソリンが漏れ出ていた。

 やがて、ガソリンが先ほど炎上していたバイクの炎に引火して――

「うわああああ」

 大爆発を起こした。

 聞いたことのない爆音が辺りに響き渡り、男子生徒たちもろとも周囲の物体を吹き飛ばした。

 そして、その余波は由希にまで及び、

「!」 

 衝撃波を全身に受けて、そのまま由希の意識は途切れた。

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