通りゃんせ

桔梗 浬

第1話 通りゃんせ(行きの道)

―― 通りゃんせ、通りゃんせ~


 俺はこの懐かしい歌を口ずさむ。なぜだかこの歌が頭からはなれない。酔っぱらってるからなのか…あれ? この続きなんだっけ?


 分からないことは他にもある。考えてみても喉から耳にかけてモゾモゾするような気持ち悪さが付きまとう。


 俺にとって結婚ってなんだったのろう? 働いて働いて、家族を養う為に自分を犠牲にしてきた。これもそれも家族の幸せを考えて頑張ってきたのだ。


 でも…。


「お金がなくったって、家族の時間を大切にすることが幸せに繋がるんじゃない? お金で家族は買えないのよ!」


 愛奈は泣きながらそう言った。


「お金があった方が、家族の幸せは潤うだろ?」


 愛奈には、たぶん理解できなかったんだ。だから蒼空そらを連れて出て行った。


 そして今俺は、ぐでぐでに酔っぱらっている。

 俺はお前たちに苦労させないために働いて金を運んできた。旨いものも食べて来ただろ?




―― 通りゃんせ、通りゃんせ。


 何だ? 歌が聞こえる。駅からの帰り道、こんな道あったか?



―― 通りゃんせ、通りゃんせ。


 さっきより大きな声で誰かが歌っている。


「クスクス」


 歌と一緒に誰かが笑う声が聞こえた。気味が悪い…。


「新入りか?」

「ここを通りたいのね」

「通すわけにはいかんなぁ~」


 な、なんだ? ババアっぽい声と子どもの声が、路地の暗闇から聞こえてくる。


「うるせぇ~っ!」


 俺は暗闇に向かって叫んだ。気持ち悪い上に腹が立つ。俺を見てんじゃねぇ。


「何故ここを通りたいんじゃ?」

「通りたいの?」


 暗闇から老婆が姿を現した。ボロボロの着物を着て、白い髪はヤニ色に染まっている。しかも、この老婆から幼い女の子の声も発しているらしい。気持ち悪い。関わり合いたくないが、ここを通らなければどうやら家には帰れないらしい。


 トゥルルル…、トゥルルル。


 スマホが鳴った。愛奈からの連絡だ。こんな時間に?


蒼空そらが大変なの。熱にうなされて、パパって呼んでる。早く来て』


「えっ? どこにだよ? お前たちどこにいるんだよ」


 俺はスマホに向かって叫んだ。すぐに愛奈に電話をかける。


「くそっ。圏外かよ」

「ほれ、ここを通りたけば話してみなされ。なぜこの道を通る?」

「通る?」


「子どもの為に、俺は帰らなきゃならねーんだよ。どけっ」


 俺は不思議だなんて思わなかった。何故か前に進まなければならないと思ったんだ。


 すると婆さんは、すーっと道をあけてくれた。


 何故だ? すんなりと道はひらかれたのだ。

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