第32話 【 夢 】


 そうこう言ってる間に車はホテルに着いて、私たちは部屋へ戻った。部屋では、つかさが昼間に飲んだテキーラの瓶とグラスがテーブルの上で私たちを迎えた。「ああ、テキーラ。まだ残ってるね。つかさまた飲む? 」

「ええ、もういい。シャワーする」

「そっか、疲れたでしよう。もう、1時だもんね。明日の朝はゆっくりでいいから荷物の整理も起きてからでいいよ。シャワーしておやすみ。俺もシャワーしたら寝るよ」

つかさがシャワー浴びている間、少し書き足しながらあゆみちゃんの事を思い出していた。確かに、最初は、家族連れのように見えた。しかしその後は一度も家族らしき人を見かけなかった。私が追いかける前に別れていたのか。しかし、幻想的な子だったなあ。ほんとに中学生みたいだった。愛人という冗談にもピンときていない感じだったし。まあ、でも偶然すぎるな。お互い町田に住んでいて、一度も会っていないのにこんなメキシコの、しかも墓地で会うんだもんなあ。つかさも不思議な子だな。よりによって、こんな半身麻痺の、介護しないといけないような私と一緒に来てくれているし。楽しめたかなあ。明日はもう帰らないといけない。

私がシャワーを浴びて、バスルームから出て来た頃にはつかさはもう既にダブルベッドの中央で、ちゃんと布団を来て寝ていた。私は髪が乾くまで、今夜のことまでを更に小説に書き足した。

テーブルの上には、テキーラが、つかさの使ったグラスと共に置いてあった。テキーラか、私も飲んでみたくなった。つかさのグラスで飲めば、間接キッスになる 年寄りは、こんな些細なことで嬉しいのだ。

グラスにテキーラを注いで隣のベッドに何時ものようにつかさを眺めながら座り、つかさが飲んだ側のグラスの縁を推測して、寝ているつかさに向かって小さな声で「かんぱ〜い」と言ってテキーラを飲んだ。今まで、飲んだこと無いのに、不思議と懐かしい味がして、一杯目は、難なく飲み干した。もう一杯飲んだら寝るかと二杯目を注いだら、テキーラの瓶は空になった。動いたからか二杯目を飲み始めて、なんだかフワフワして来た。普段もあまりお酒を飲まない私は、お酒を飲んで、気持ち良くなったりハイテンションになったりすることはないが、なんだかとても気持ち良くなった。メキシコに来てからのことやつかさに再会した時の事、会社を辞めたこと、新型コロナで一年以上も動けなかったこと。そして初めてつかさとカレー屋の前で出会ったことまで思い返した時に異変が起こった。波がチャプチャプと階段や石垣に打ち寄せる音が聞こえてきたのだ。私には、直ぐにそこが前世で暮らしていた呼子の海だと分かった。

「ねえちゃん、ねえちゃん行かんで」私は、花嫁姿になった白無垢の姉の手を必死に掴んで泣いていた。

「泣かんで、あんたは男でしょ。妹たちの面倒もみんといけんのよ。ウチは、きっと幸せになるけん、大丈夫やけん、あんたは、あんたの人生を生きて・・・」この辺りの花嫁は、船で出発するのだ。

「ねぇちゃん、ねぇちゃん・・・」

「こうじさん、こうじさん、起きて」

「えっ?」

つかさが私を揺り動かしていた。

「手痛いよ」

「ねぇちゃん、ごめん」

「ねぇちゃん、 誰それ? つかさ、つかさよ。なんかエッチなことしたでしょう? なんか身体が変なんだけど。たしかテキーラ飲んで酔っ払って。 酔って寝てる私に何かしたのね。いやらしい」

私は、つかさのベッドの布団の上に並ぶように寝込んでしまっていた。どうやってベッドに登ったのかは全然覚えてない。知らない間に、つかさの手まで握っていたようだ。

「してない、してない。決して何もしてません」

「手握ってたじゃない」

「それはねぇちゃんだと思って・・・」

「メキシコのお姉さんの夢見てたんでしょ? って、今何時? ナイトツアー大丈夫? 間に合う? えっ、なんで私着替えてるの? 」

「えっ、つかさ、何も覚えてないの? ナイトツアー、昨日行ったじゃん。あゆみちゃんにも会ったじゃん」

「あゆみ、同級生の? 何であゆみの名前知ってるの? 」

「だって、自己紹介してもらったし、可愛い子だったじゃん」

「えーっ、本当なの? 私全然覚えてないし。 じゃ、今日は10月31日じゃないの?」

「そう、俺もテキーラであんまり覚えてないけど、寝る前、12時過ぎてたからたぶん、今は11月1日の朝。夕方には日本に向けて出発しなければならない」

「うそ、うそ。そんなのうそ。ほんとだとしたら、こうじさん、テキーラになんか怪しい薬入れたでしょう?」

「どうやって? テキーラはつかさが買ってきたんやろ? 俺が帰った時はもうつかさ酔っ払ってたし」

「あちゃー、やっちゃったかな。全然覚えてない。たまにあったんだよね。飲んだ時、記憶失くすこと」

つかさはやっと状況が飲み込めてきたようだ。

「あゆみちゃんから謝られたって言ってたよ」

私は、ちょうど昨日までの事を書いた小説の続きをつかさに読んでもらい、昨夜の事を分かってもらう事にした。しばらくベッドに座って、私のスマホをじっと食い入るように見ていたつかさは、目を上げ、にっこり笑って、まだ横たわっている私に向かって

「私に抱きついたの?」

そこかあ。

「いや、つかさが抱きついて来た」

「あゆみのことは薄々感じてたし、思い出してた。生きてて良かった。こうじさん、私とハグ出来て良かったね。したかったんでしょ? 」

やっぱりそこか。

「ああ、あの時は超幸せだった。遥々メキシコまで財産叩いて来た甲斐があった。ご飯、済ませて、帰る準備しようか。早く済んだら、出発までまた少し街をブラブラしょう」

「うん、お腹減った」

「あははは、昨夜、酔っ払って何も食べてないもんね」


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