第31話 【あゆみちゃん】


「あれ? やっぱり、あゆみかな。ちょっと待って、ここにいて、すぐ戻る」

「あゆみ、どれが?」

「あれ、あそこの水色っぽい服着てる子」

「ああ、あれね。追いかけて尋ねてみたら。すぐ戻っておいでよ」

私たちが歩いている通路と直角に交わった通路の右奥の方を家族連れと思われるつかさの同級生にしてはやや幼く見える中学生ぐらいの女の子が歩いていた。

つかさは直ちに走って追いかけて、その子に追いついて何やら話している。どうやらあゆみちゃんだったみたいだ。つかさがあゆみちゃんを連れて引き返してきた。

「あゆみでーす」つかさがあゆみを紹介した。

「ああ、同級生のあゆみちゃん。つかさから聞いてるよ。賢いんだよね。いつも一番だったって」

「こんばんは、あゆみです。つかさ? 誰? いつも一番じゃありませんでしたよ。つばさも一番取ったことあるし。つばさのお父さんですか? 」

「お父さん。うーん、惜しい」

「じゃ、おじいさん」

「うん、益々惜しい。こうじさん、愛人だよ。あはは」

私は、冗談が通じる相手かどうかこの可愛いあゆみちゃんを試してみた。

「愛人? つかさ? こうじさん、その人と付き合ってるの?」

「ちがう。おじさん。親切なおじさん。私をここまで連れて来てくれたの」

つかさがたまらず口を出した。

「おじさん、おじさんなのね。つばさを借りていいですか? 」

「家族と来てるんだって。行ってきていい? 」

「ああ、ゆっくり話してきたらいい。集合場所、覚えてる? 車降りたところ。11時出発だから10分前には戻って。俺はこの辺ブラブラして、早めに集合場所に戻ってるから」

「うん、分かった。ありがとう。ごめんね」

「早目に帰ってね。気をつけて」



ああ、行ってしまった。私は、ここのために、つかさと遥々来たんじゃなかったのか? ここで私は要らないのか。私は何だったのか。あゆみちゃんにつかさ取られた。ただの運転手? 引率者? そうか、引率者ではあったな。失敗か?  いやいや、ここまでも充分楽しかった。ちょっとくらい、あゆみちゃんと遊ばせてやってもいいじゃないか。おじさんとばかり遊んでても楽しくないだろう。むしろあゆみちゃん、ありがとうじゃないか。

とぶつぶつ言いながら音楽を聴いて歩いた。そして、ふと思いついた。

そっか、つかさたちが見える範囲で、邪魔にならないようについていけばいいじゃないか。 私はそう思い直すとつかさたちのあとを追った。楽団の演奏聴いたり、出店に入ったり出たりしていた。家族は、どこにいるのだろうとも思ったが、あまり気にはしなかった。私がわざわざ「つかさの愛人です」と挨拶する訳にもいかない。しかし、若い二人の足と身体障害者の私の足では大違い。私は、必死で歩いたが、30分もせず、彼女らを見失った。私は作戦を変え、彼女たちが居そうなところを自分の観光ついでに回ることにした。偶然会ったら「おお」と言えばいい。しかし、1時間が過ぎ、更に30分が過ぎても、いっこうにつかさたちと会うことはなかった。

しまった。最初から私もついていけばよかった。家族と一緒って言ってたけど、近くにいなかったし、嘘ついてた?  女の子二人だけか?  私は、急に不安になってきた。迷子になったり事件に巻き込まれてたらどうしよう。なんで行かせてしまったんだ。ここは外国、今まで何にもなかったけど、世界一危険なメキシコじゃないか。しかも夜だ。女の子だけだ。狙われた?  どおしよう。お母さんにLINE? いやそんなの送ったって心配させるだけで彼女はなにも出来ないじゃないか。ここは日本の裏側だ。警察?  いや、集合時間までにはまだ30分ある。自分でなんとか捜してみよう。私は、必死で、捜して回った。駆け足は出来ないのに駆け足気味になって転びそうになりながら必死だった。ここでつかさを死なすわけにはいかない。何のために私がついてきたのか。つかさを殺すためか? 自分がつかさといて楽しいからと自分のためだけに連れ出してきたのか? いけない。殺してはいけない。広い心でここに来ることを許してくれた嫁さんやつかさの家族に申し訳ない。つかさ、あゆみ、居てくれ。私は半分泣きそうになっていた。しかし見つからない。どこに居るんだ。つかさ。居てくれよ。

もう、集合時間の11時10分前じゃないか。えっ、まさか、もう集合場所へ行ってる? そうか、私は早めに集合場所へ行っていると自分で言ったことを思い出した。もう、行ってるのか? それでもいい。行っててくれ。面白いことやってくれとは頼んだけど、迷子になったり、殺されたりしてくれなんて言ってない。頼む。

私は、急いだ。気持ち的にはもう走っていた。集合場所に着いたのは出発の2分前だった。

「こうじさん、遅い」

そこには半ベソをかきそうなつかさが運転手と一緒に立っていた。

「つかさ、いたのか。よ、良かったぁ。ずっと捜してた」

「捜してたって、早めにここで待ってるって言ったから私もあゆみと早くここに来てたのに」

「ああ、そうなんだ。だから捜してもいなかったのか。ごめん、ごめん。大失敗。でも良かった。誘拐でもされたんじゃないかと泣きそうやった」

「こっちも泣いてたよ」

何、何。この重い感覚は? そう言ってつかさが私にしがみついていた。

「こうじさん、死なせたら奥さんにどう言い訳しようって考えてた。私がついていながらって」

この子は、私と同じことを考えていたのかと思い、本当に申し訳ないと思った。安心したのと一緒につかさのハグがついてきて、私だけ得した感じだ。

「あゆみちゃんは?」

「家族と帰るからって、先に私をここまで送ってきて帰った。30分ぐらい私一人だったんだから。怖かったぁ」

「そうだったのか、ほんとごめん。やっぱり、家族いたんだね」

この細い身体のつかさが愛おしく、もう少しこのハグの状態でいたい。時間よ、止まってくれとも思ったが、車内からのツアー客の視線が気になって私たちはバスに乗り込んだ。予定より5分遅れの出発である。


車に乗り込むと、行きのつかさとは全く別人で、もう、酔って具合が悪い様子はなく、私をほんとに待っていたかのように喋り出した。

「ニーチョのところ行った? 凄かったね」

「ニーチョ? 何? たぶん行ってない」

「お墓の集合住宅みたいなところ、小さいお墓がマンションみたいに並んでて、みんなろうそくやお花で飾られてた」

「ああ、行ってない。やっぱり、全然つかさたちと違うところを捜してたんやね」

「あゆみがあっちすごいよって教えてくれた」

「ああ、あゆみちゃんがね。途中までは追いかけてて、二人が見えてたんだけどね。見失っちゃって、お母さんにLINE出そうかとまで考えた」

「そんな、お母さん連絡しても何も出来ないし、あゆみと二人だったから全然平気だった」「だね、俺もそう思って自分で捜してたら時間忘れてた」

「あゆみね、やっぱり、引っ越したんだって」

「メキシコに?」

「ううん、メキシコには家族で来たって。日本にいると思う。それでね。謝られた。私に酷いこと言ったって」

「酷いことって?」

「私ね、数学で先生の答えを絵的に覚えて100点取ったって言ったでしょう。あの時、私、他の科目も出来てて、クラスで一番だったんだよね。いつも中くらいだった私がいきなり1番取ったから、私がわざと出来ないふりしてたんじゃないかと思ったあゆみは『今まで出来ないふりして私を騙してたのね。最低だわ。友だちになんてなるんじゃなかった』って言っちゃったんだって」

「そう、そりゃ酷いね」

「私、数学、今もだめだし、絵で覚えていた通り書いただけで、全然実力ないからね。ただね、私、そんなこと言われたの、全然覚えてないんだよね。 引っ越してからもあゆみ、ずっと気にかけてて私に謝りたかったんだって。私、覚えてないから全然気にしてないよって言ったら凄く嬉しそうに泣いてた」

「あゆみちゃん、なんでつかさに何も言わずにいなくなったんだろうね。そんなこと言った後だったから言いづらかったのかな? 」

「そっかな」

「で、今はどこに住んでるって? 」

「あっ、町田だとは言ってたけど訊いてない。LINEも電話番号も訊いてない」

「あはは、可愛い子だったのになあ。何やってんだよ。つかさ」

「どうせ、私は可愛くないですよ」

「あっ、妬いてる? 嬉しい。 つかさは絶対的に可愛いです。あはは。あゆみちゃん、可愛いは可愛いでも幼く見えたよね。つかさも幼いけどあの子に比べたら姉御に見えた」

「姉御、きつい。 そうね。全然いなくなる前と変わってなかった。もう、19歳なのにね。18かな? 」

「まあ、でも会えて良かったじゃん。あゆみちゃんも安心したなら。きっとずっと悩んでたんだと思うよ」

「そうね、私もなんだかスッキリしたような気がする。全然覚えてないけど」


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