第18話 【 エアロメヒコ航空 】
私がゲートに着く頃になってもつかさは追いつかなかった。窓の外にはエアロメヒコ航空の白と紺に赤い流線が入った機体が見えていた。国内線の飛行機と比べると随分大きく見える。つかさが来たらこの飛行機をバックに写真を撮ってやろうと思った。
それからだいぶ経ってからつかさがやってきた。私たちは写真の撮りあいをして、つかさの写真は、お母さんへ、私の写真は一旦つかさから私へ、私から嫁さんへと送った。間も無く搭乗が始まり、私が身体障害者なので、つかさと私は、優先搭乗で先に入ることが出来た。案内の綺麗なお姉さんが先導してくれたが、つかさと一緒にこの狭いボーディングブリッジの通路を歩いているということの方が興味深く、嬉しかった。飛行機の中のシートはかなり前の方だったが、前から3列は少しゆとりのある別料金がかかる席で、それよりも後ろだった。私たちが、席に着く頃には、もう前3列は埋まり始めていた。私たちは前から13列目左側の窓際だった。つかさが、三人掛けの一番奥、私が真ん中だった。私は身体が不自由な分、出入りが難しいので、何時も通路側を指定するのであるが、ここはしょうがない。つかさの隣を死守した。あとは右隣に声をかけやすい人が座るのを祈るだけである。
随分と多くの人が通路を通り過ぎたあと、もうこのまま誰も座らなければ良いのに、誰も座らなければつかさと二人の世界だと思い始めた途端、若い男性が腰をかけた。どうやら満席のようである。声はかけやすそうな人で良かった。もし、若い女性だったら何時もなら喜ぶが、今日は左隣につかさがいる。両方に気を使わなくて良かったと思った。つかさはあまり飛行機には乗ったことないようで、離陸前から陸地が見えなくなり、雲の上に来るまでずっと外を見ていた。嬉しそうでもあったが、感慨深そうでもあったので私もあまり声をかけなかった。これから先、まだ10時間以上もあるのだ。ゆっくり話をすれば良いとも思った。
飛行機も安定して、シートベルト着用サインが消えて、そろそろ話しかけても良いかなとつかさの方を見た。何? つかさは、眠り込んでいた。やられた。私は、ホテルに泊まってゆっくりしてきたが、町田から間に合わせるために家族と早起きをして来たのだろう。もしくは、私が海外出張の前にいつもそうだったように、夜中じゅうカバンの中身を確認してたのかも知れない。分かったよ。つかさ、好きなだけ寝てくれ。飲み物や食事が来たら起こしてやるよ。
私は、その間に出発までの内容をスマホで書き足すことにした。しばらくして、飲み物サービスが始まったが、つかさはついに起きなかった。娘がこの年齢の頃、家に帰った時は寝てばかりいた事を思い出した。若い頃は眠いものである。どんな夢を見ているのだろう。ちょっと覗いてみたい気もするが、それはつかさのものだ。やめておこう。私はコーヒーを飲みながらその寝顔を眺めた。そう言えば、つかさには彼氏がいるのだろうか? それをちゃんと訊くのを忘れていた。こんな可愛い子、周りの男の子が放っておくはずがない。いるだろう。お母さんやお父さんの許可よりもこちらの許可を取る方が大変だったのではないか。それが原因で、別れてきたりしていなければ良いが。でも、もうここまで来てしまっている。私の嫁さんのことも気になるが戻れない。お互いなんとか頑張ろう。メキシコへはやっぱり行かなければならない気がする。私は、そう思いながら座席のモニターのスイッチを入れた。つかさが寝ているんじゃ、間がもたない。面白そうな映画はないか、一通り眺めてみた。どんな映画でも真剣に見ればそれなり面白いものである。機内食が始まるまで、一本でも見れればと思った。つかさは、ぐっすり寝ている。映画は、10本程度あるようだが、テレビドラマもいくらか有った。
私は、ターミネータ・ ダークフェイトを英語版で見ることにした。あまり内容を理解出来ないかもしれないが、これから先の英会話モードに切り替えたかったのとターミネータには興味があったからだ。ターミネータ、2019年に新しいものが出ていたのだ。それにラブストーリーの映画を見てしまい、つかさに対する気持ちが高ぶっても困る。ターミネータならほとんど戦闘シーンだ。変な、ロマンチックな状態にもならないだろうと思った。ターミネータ1のエンディングでサラ・コナーに少年がポラロイド写真を渡して、『もうすぐ嵐が来るよ』というシーンがあるが、あれはきっとメキシコだ。ポラロイド写真というのも縁がある気がした。サラ・コナーは随分と歳を取ったもんだ。1から何年経ったのだろう。私もあんな映画の原作が書いてみたくて、小説を書き出した。そして、つかさとこの飛行機に乗っている。やや、ズレてしまっているか? しようがない。カッコ良さは私の小説らしくない。つかさがもっている素材に期待しよう。
ターミネータ・ダークフェイトは、最後まで見終わって、戦闘シーンが多かったのでだいたい雰囲気だけは理解出来た。しかし、詳しくは帰ってからもう一度日本語字幕で見なければ、これまでの作品との繋がりがよく分からない。ただ、メキシコが舞台であることも分かった。やっぱり、第1作のエンディングもメキシコだ。エアロ・メヒコ航空だからメキシコに関係ある映画を流しているのだろう。つかさはターミネータ1を見たことがあるのだろうか? もう何年前だろうか。30年くらい経っている気がする。19歳のつかさは、とうてい生まれていない。こんなに歳の離れたこの子とまるで恋人同士みたいに旅をしている。いや、私にはそんな希望があっても、つかさ本人も、周りから見ても恋人同士などとは思っていないだろう。せいぜい、身体障害者になったお父さんを娘が海外へ連れて行ってる親子である。小説のためとは言え、こんな無謀な旅を許してくれた嫁さんとつかさの家族に感謝したい。小説の話的には、歳が離れていた方が面白いが、実際に私は、つかさのことが好きだ。今は一緒にいたい。もちろん、つかさが可愛いからであろうが、たぶん、容姿がどうのこうのということではない。側にいたいと思うのだ。恋人同士になっても将来がある訳でもないし、つかさも満足しないだろう。これから出会うかもしれない伴侶との生活を邪魔してもいけない。ただ、今は、妻にも、娘にも申し訳ないが、同じ空間にいたい。話をしていたい。
私たちは、飛行機に乗る前にサンドウィッチをそれぞれ食べたが、そろそろお腹が減ってきた。機内食まで間もなくのようだ。美味しそうな匂いが前の方からしてきた。
「つかさ、ご飯」
「う、うん。食べる」
つかさは眠そうにしながらもそう言って、トレーテーブルを下ろした。
食事は日本の夕食の時間だ。これから段々メキシコ時間にずらして行くのだろうと思う。ただ、これを食べたらたぶん眠くなって寝てしまうだろう。またつかさとすれ違いじゃないか。いやいや、我慢して起きておこう。「ジャパニーズ オア メキシカン?」 機内食は「ビーフ オアチキン?」じゃなくて和食かメキシコ料理かだった。私は和食、つかさはメキシコっぽい洋食を食べた。二人ともほとんど喋らず、こぼさないように集中して食べた。特に私は、顔の左麻痺もまだ残っているため、食べ物を口元からよくこぼすし、口元にくっつけたままになる。他人と食べる時は気を使うのだ。
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