第13話 【 小説 】
私は、つかさが風呂から上がって来たらこれまで書いてきた小説『つかさ』を読んでもらおうと思った。読んでもらった上でメキシコ行きの計画をたてるべきだと思ったのだ。スマホの中に保存している途中までの下書きの小説を開いて、つかさが出て来るのを待った。
それからどれくらい経っただろうか、もう12時を過ぎていたが、飛行機で眠ってきたせいもあって全然眠くなかった。緊張も続いているのかもしれない。つかさがバスルームのドアを開け、バスタオルをクビにかけ、白に金色の縁がついたガウンを着て現れた。化粧をすっかり落とし、まつ毛は普通の長さになっていた。可愛いというよりこんなに幼い顔をしていたのかと随分と大人に感じていたことが嘘のようであった。
「あー、気持ち良かった。お先しました。またお湯を入れてますからこうじさんどうぞ」
「ああ、ありがとう。お湯換えなくて良かったのに」
「いやーん、変態ですか? ダメですよ」
「あはは、分かりました。俺は安全です。あのさ、去年、九州帰ってからつかさの小説、書いてたんだ。タイトルは、今のところ『つかさ』 俺が風呂入ってる間に読んでてくれる? ほぼ、去年の実話そのまま。また暗記してくれてもいいよ」
「えー、ほんとですか? 嬉しい。私が主人公ですか?」
「つかさが主人公というよりつかさはヒロイン。結構長いからつかさでも読むの時間かかるかもしれない。画面が消えたらパスワード1122だから入力して。あっ、数字は記憶できないのか。紙に書こうか?」
「いや、それくらいは大丈夫です。1、1、2、2、やっぱりメモしようかな」
つかさは電話のそばにあるメモ用紙にボールペンで書いた。
「あはは、じゃ、よろしくお願いします。風呂入ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。楽しみ」
つかさはベッドに腰掛け、既にスマホの画面を見ていた。私は、バスルームのドアを開け、ドアにつかまりながら段を上がって中に入った。中はカーテンが既に濡れ、床も濡れていた。お湯は、間もなく目安ラインに届こうとしていて丁度いいタイミングだった。甘い香りとお湯から出る湯気の香りで満たされていたが、これがつかさの残り香なのかシャンプーの香りなのか定かではなかった。私は、左に麻痺があるため、手摺につかまり右足から浴槽の縁を越え、そして左足をゆっくり上げて、ギリギリで縁をまたいだ。またげるかどうかは私にとって重要で、ホテルによってはまたげない浴槽があって、シャワーだけで済ませなければならないこともある。このホテルは去年の経験で安心していた。湯船に浸かって、やっと緊張が取れた感じがした。私は髪を洗って、身体も洗って浴槽を出た。
つかさと同じシャンプー、リンスだと考えるとなんだか嬉しかった。
髪の毛も乾かして、パンツをはいてつかさとお揃いのガウンを着て、バスルームの段を用心深く降りた。ベッドがある方へ行くと、つかさはベッドの上に無防備に横たわっていた。既に寝ているようである。細くて長い生足を四の字にして上向になって寝ていた。胸ははだけそうではだけていなかった。右手をやや上げ、そこには私のスマホがあった。読んでしまったのだろうか? 私はまた唾を飲みながら、バイトを遅くまでして、もう12時過ぎていたのに私のつまらない小説を読ませて悪いことをしたなと反省した。今、起こすのは、やめよう。メキシコの話は明日だと思い、クーラーの風でつかさが風邪をひかないように、私のベッドのスローを外してつかさにかけた。
しまった、私のイビキのことを説明しなかった。私が寝ている間に私のイビキの音でつかさが目を覚まして眠れなくなったらどうしよう。私はそう思うと、横になれず、座って何時間か起きていた。冷蔵庫に入れておいた水を飲んだり、今日起こったことをつかさが読んだ下書の続きに書いたりしていた。しかし、明け方、私もベッドの上にそのまま寝込んでしまったようだった。
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