第11話 【二回目のミャン】
そして、私たちはまたあの猫の足跡が描いてある焦げ茶色のドアを開けた。
「お帰りなさいませ」
中から複数の仔猫ちゃんたちの声がぼくらを迎えた。そして私は去年と同じ一番手前の席に座らせられた。去年はあまり気づかなかったが店長と思える男性が、奥の方に座っていてこちらをあまり向かないようにしながら見ていた。そして、つかさがまた照れ臭そうに慣れない口調で「今日も来てくれてありがとにゃん」と言った。
可愛い。その慣れていない、適当なところがいい。去年とほぼ一緒じゃないか。待ち遠しかったなあ。一時は新型コロナで諦めてたが、こんな日が来るなんて、願い続けてみるもんだなと思った。
飲み物もまた、最初、ジンジャエールを頼んだ。つかさが泊りに来るかもしれないのに酔っ払って寝てしまうわけにはいかないとも思ったのだ。
「久しぶりね。またボトル頼まないといけないんでしょ? 2500円のやつでいい? いや、いきなり5000円でいくか。再会を祝して。写真も撮ろう、再会の記念に。ポラロイド写真、あとで見返してみてなかなか良かったよ。レトロな感じもしたし。つかさの絵や文字も有って、見るたびに味わい深かったなぁ」
「わあ、ありがとうございます」
そしてまた、他の仔猫さんたちも寄ってきて例の掛け声をかけてボトルの栓を開けた。
「カンパーイ」私はそのボトルをつかさのグラスに注いでお互いのグラスを合わせた。
「新型コロナたいへんやったね。去年ここへ来てからあっという間に広まったもんね。大丈夫だった? ツイッターの公式サイト見てたけど、3月21日を最後にもう店には出なくなったやん。なんかあったかなと心配してたよ。もう、ツイッターに名前載らなくなって、親が行くなと言ってるのかなとも思ってた」
「う、うん。大丈夫でした。親も行くなと言ってたし、ずっと来てませんでした。ほんとちょうど良かったです。四日前なら私はここにいませんでした。なんか運命ですかね」
「そうだね。奇跡的やね。俺らやっぱり繋がりあるんかなぁ」
「やっぱり? そうかもですね」つかさは笑いながらそう答えた。
「だって、去年逢った時、運命的な感じしなかった? あれからさぁ、なんでメキシコに行きたいのか、死祭って何なのかって調べたんだ。つかさと同じぐらいの娘がいる友だちにも聞いてさ。そしたら『リメンバー』って映画のことが出てきて、娘さんたちが感動して泣いてたって。それで俺も『リメンバー』ネットで見てきた。やっぱり、そこから行きたいと思ったの?」
『リメンバー』とはアメリカ映画でメキシコの死祭の日に音楽を家族に禁止された少年が音楽家の祖先に死者の国で逢いに行くというアニメ映画である。
「ああ、そうです、そうです。綺麗だったじゃないですか。死者の国にも興味あるし、行ってみたい」
「そっか、でも死者の国へ行ってみたいって、それ死んでない?」
「そうですね。でも主人公のミゲルは行って帰ってきた」
つかさは微笑みながら言ったがどことなく真剣な表情だった。
「そうやった。そんな映画やったね。でも危険やね。戻れなかったら死んでしまう」
「大丈夫です。帰ってきます」つかさは益々真剣な表情になっていた。私は、それ以上突っ込んではいけないような気がして「あっ、写真撮らんといけんのやない?」と話を変えた。
写真は、前回と同じポラロイドカメラ。猫の手のぬいぐるみをまた渡されて付けた。今度は前の後悔も込めて、向き合い、ぬいぐるみの手を挙げてハイタッチの状態で写真を撮ってもらった。ぬいぐるみを通してではあるが、前回も含めて初めての接触である。そして、例によって画像が浮き上がってきた写真につかさが落書きをしてくれた。2021・9・3 つかさ、こうじさん、『また来てくれてありがとにゃん。メキシコ行こうね』 ハート、ハート、ハート。とそうこうしているうちに延長に入った。ボトルはまた5000円の撮影付である。またお互いのグラスに注いで乾杯をした。つかさは他のお客には目もくれず、ずっと私に付き合ってくれる。話が乗り始めたら直ぐにグラスをあわせてどこかへ連れて行かれる中洲のキャバクラのお姉さんたちとはここが決定的に違う。つかさが私に対して特別なのか、他のお客への接待を見たことないから分からないが、少なくとも今は二人の世界だ。
「ところでさ、 今日、本当に泊りにくるの?」
「ああ、はい。お願いします」
「大丈夫? 怖くないの」
「えっ、こうじさん、怖いんですか? 」
「だって、こんな身体だけど、一応、男だし、なんかするかもしれんやん」
「ええ、なんかするんですか? だめです。それはだめです。こうじさん、危なくないって自分で言ってたじゃないですか」つかさのその言葉に私は少し慌てて
「分かった、分かりました。大丈夫です。何もしません。メキシコの話をしましよう。行くなら計画や作戦を立てないと。お金は最悪、退職金も有るし、大丈夫だけど、嫁さんをどう説得するかとつかさがまだ19歳で未成年ってことを何とかしないといけない。最低、親の許可はいるね。だからその作戦をねるためどうぞ今夜は泊りに来て下さい。明日の朝もゆっくり起きていいから」
「あはは、そうですね。お風呂入りたい。昨日も入ってないし」
私は一瞬、唾をのんだが、続けて「あははは、了解。お湯を張ってお待ちしておきます……じゃ、仕事終わったらLINEして。ホテルの入り口で待っとく。コンビニとか買い出しとか行ってから入ろう。アメニティとか最初から二人分あったから大丈夫だと思うけど、フロントに確認しておくよ。上手くいけば、追加料金要らないかもしれない。何時頃に終わるのかな?」
「ああ、ありがとうございます。11時半くらいには帰れると思います」
「了解、楽しみ。朝食は食べる? 一応、予約しておくね。美味しいよ」
「わあ、ホテルの朝ごはん。良いですね。でも起きれるかなあ」
「10時ぐらいまで大丈夫だろうし、無理やったら食べなくていいから」
「はい、お願いします。そろそろ写真撮りますか? どうしますか」
「ああ、そうやね。なんかドキドキしてきたなあ。お願いします」
つかさが先輩を呼びに行って私たちは再び撮影をした。猫の手のぬいぐるみを今度は、麻痺の残る左手になんとかつけて二人正面を向いて思いっきり近づいて並んで撮った。麻痺のない右手がつかさの左手に僅かに触れ、そっとその手を掴んだ。初めての生の接触だった。
つかさの手は想像以上に細くて小さかった。地元のデパートの屋上にアイドルの営業で来ていた中原めぐみの手を思い出した。もう40年以上も前のことだが、シングルレコードを買った人だけが握手をすることが出来た。その時、若い女性の手ってこんなに細いんだと思った。今の地下アイドルたちにもそんなシステムがあるが、その起源は相当古いものらしい。つかさたちの商売にも地下アイドル的な要素があるように思うが、この手の感じで中原めぐみを思い出すのは興味深い。あのシングルレコードはどこに行ったんだろう。百恵ちゃんの全シングルも聖子ちゃんのLPレコードももう行方不明だ。今は、アイドルでも当時と比べたらずっと近いし、つかさみたいな普通の子でもアイドルみたいに充分可愛い。ミャンにも地下アイドルみたいに活動している子もいるようだ。ツイッターで発信している子もいる。しかし、つかさは何も発信していないし、アイドル的存在にはあまり興味ないようだ。当時スタイル抜群で、女優、中原はるみの妹、歌手、中原めぐみとして観客5、6人の前で歌っていた口紅がうす桃色の彼女とつかさのどちらを選ぶかと言われれば、つかさを選ぶかもしれない。それくらい私はつかさに惹きつけられていた。
ポラロイド写真はまた画像が浮き上がり、つかさがピンクのペンで落書きをした。2021・9・3 つかさ、こうじさん、2枚目、『ボトル頼んでくれてありがとにゃん。またあとで』 ハート、ハート、ハート。
そして時間がやってきた。私はつかさに計算してくれるよう頼んだ。つかさは計算器をもってまた時間をかけて計算してメモ紙を渡した。14920円だった。
「ご明算。今日は違和感ない」
私がそう言ってお金を出すとニコニコと笑って
「カード持ってますか?」
「ああ、持って来た。良かった、持ってて」
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