第10話 【 再会 】


あれから約一年半、季節はもう秋になっていた。猛威を奮った新型コロナはやっと終息し始め、東京オリンピックも不完全ではあるが特別な形で実施され、パラリンピックも開催中である。また、それに伴い海外との渡航も緩和され、徐々に世界は平常を取り戻しつつあったが 私は、再びつかさに会いに行こうにも会いに行けない日々が続いていた。出張もほぼ皆無。東京へ来ることはなおさら無かったのだ。去年まで、開催されていた学会の会合もほとんどがメールのやり取りで済まされ、あえて集まる必要がないとされた。しかも私は、定年60歳後の延長希望を取り下げたため、誕生日から1カ月が過ぎた8月25日で退職した。だから出張を伴うような新しい仕事には極力、手を出さなかったのである。それにコロナショックで倒産した会社の人々が溢れ、わざわざ年寄を雇う必要も会社にはなくなったのだ。去年から抱いていた、辞めたいけど代わりがいなくて辞められない時代が終わり、それに背中を押されるように会社を辞めた。前からどうしても想像出来なかった私の定年退職記念送別会は、自粛ムードがまだ止まない中、自ら辞退した。想像出来なかった結局の原因が流行り病のせいになるとは10年前には予想もつかなかった。

今日は、定年後のご褒美として東京行きを嫁さんに許してもらった。二、三日は泊まるつもりでここ秋葉原にやって来たのである。もちろん、第一目的は、このつかさに再会することだった。私は、もう、会えないだろうなと思いつつもつかさを捜しにやって来たのだ。去年は17歳で、未成年。会ったところで、どうにもならない中、新型コロナウイルスの発生で来ることを諦めることが出来た。以前、知り合いが17歳と付き合って、警察に逮捕された。その二人も実は真剣に付き合っていたのかもしれない。私ももし、つかさが私を騙すつもりでも、本気でも、誘ってきたら、のめり込んだだろう。

私は早速、未成年の定義を調べた。18歳なら付き合っても大丈夫なのか? 高校を卒業していれば大丈夫なんじゃないかと思ったのだ。しかし、18歳で成人と言いながら20歳未満はやはり未成年であることが分かった。どうすればいいんだ? 20歳まで待つのか。新型コロナウイルスで再会が閉ざされたのはかえって良かったのかとも思い始めた。そうこう考えているうち、ひと月、ふた月が過ぎた。しかし、つかさとの出逢いを忘れることはなく、会いたい気持ちは募ったが、それよりも忘れる前にこの出逢いを記録しなければと思い始めた。私は慌てて、書き始めた 交わした会話を思い出しつつ書いた。店を出るところまで書いたところで止まっていたのである。そして、ほぼ諦めていたのである。諦めていながら、二人に何か繋がりがあるのならきっと逢えると高を括っていた。何故か何年たとうが逢える気がしていたのだ。



「今日、またつかさのところに行っていい?  まだミャンに居るの? ツイッターにも去年の三月から名前出てなかったからさ、もう居ないのかもって思ってた」

「はい、嬉しい。まだミャンです。ずっと休んでて、復帰して今日で三日目です。前に来てもらった時もこのバイト始めて三日でしたね」

「凄い、そんな細かい所まで覚えてるんだ。確かにあの時も三日目と言ってた」

「だって、あれからちょっとしかバイト出来なかったし、覚えてますよ。こうじさんも三日目だったと覚えてるじゃないですか。凄い」

「えっ、名前も覚えてるじゃん。凄いね。アンフォゲッタブル、完全記憶能力者?」

「ああ、そんなもんです」

私は言ったあと、難しい言葉を使ってしまったと後悔したが、つかさの返事は、意外にも既に知ってるという反応だった。

「ほんとにそうなの?  アンフォゲッタブルって言葉知ってた?」

「はい、私、それなんです。ギフテッドという言い方もされます。だからこうじさんの小説の内容も覚えてるし、私がバイトしている間に来たお客さんの名前も全部覚えてます。算数や数学は全然出来ないんですけど、国語や社会はほとんど出来てたんです」

「そうなんだ。凄いね。ギフテッドなんだ。ところでさ、ミャンに行く前にさ、LINE教えてくんない? 店まで行ったら店長とか見張ってて、うるさいでしょう。メキシコ行こう。延長するからさ。死祭についても少し調べて来たんだ。色々教えてもらいたいし」

 私は必死で言ってみた。ここで断られたらもう一生会えなくなるような気がしたのである。

「えーっ、メキシコ連れてってくれるんですか。嬉しい。いいですよ。じゃフルフルで」(今ではフルフルはない)

つかさはミャンに上がるエレベーターへ向かいながらスマホを振った。そして私のスマホにはウサギの可愛いプロフィールが現れた。

「これね」私は自分のスマホの画像を見せながら確認し、「こうじです。よろしく」と早速、送信した。

「猫ですね。可愛い。目ブルーですね」

「ウサギやん。しかも白じゃないんだね。可愛い。目も赤くないんや。そっか、白はアルビノだから目が赤いんだった」

「そうなんです。うちのは赤くないです」

と返事をしながらつかさはLINEのスタンプを返した。そして、私とつかさは去年と同じエレベーターで6階へと向かった。今度は最初からつかさと二人きりだった。

「今日も九州から来たんですか?」

「うん、今日、佐賀空港から成田経由で来た。片道5800円、安いやろ? こっちから行っても5800円だよ。季節や曜日によるけど、盆正月以外はだいたいこんくらいで行ける。ミャンの料金に比べたら全然安いよ」

「あーん、ここ高いですよね」

「そうだよ。つかさ、この前、計算間違えたでしよう。2万円超えるなんて、全然想像してなかったよ」私は、つかさに嫌われぬよう、思いっきりニコニコしながら言った。

「ええ、そうなんですか?  数字は苦手だから覚えてません。ごめんなさい」

「いや、全然大丈夫だったけどね。今日は、安いボトルを組み合わせるよ。延長も一回にしておく。メキシコの詳しい話は、後でLINEでもいいし、10時でバイト終わるんでしょ?」

「いいえ、もう19歳になったから大丈夫です。でも12時で店が閉まりますけどね。あの、バイト終わってから連絡していいですか? 今日、泊めてください。終電バタバタして乗るの面倒だし、あんまり家には帰りたくない。こうじさん危なくないんでしょ? メキシコの話も早くしたいし」そうつかさが言ってる間にエレベーターは6階に着いた。

「19歳? あれ、18じゃないの。去年、17歳だったやん」私は、泊めてと言われた事よりも19歳の方に先に反応してしまった。19歳なら多少のことは許されるかもとも思ったのである。

「私、4月生まれなんで、あれから2歳年取ってます」

「あっ、そうか、会ったのは1月だったもんね。高校は卒業したの?」

「はい、通信制ですけど8月で卒業しました。卒業したんでまたバイト始めたんです。来年までにバイトしながら仕事も捜そうかなと思ってます」

「そっか、卒業したのか。おめでとう」

私は本当にめでたいと思った。19歳で高校も卒業していれば世間ではもう大人と一緒の扱いだ。何かあったとしても逮捕されたりすることもないだろう。

「ありがとうございます。じゃ泊めてくれますか」

「ああ、じゃ、分かった。いいよ。家の方には連絡したの?」

「大丈夫です。LINEしておきます。店長には内緒で」つかさは人差し指を唇に当てて、軽くウインクをした。私は、それに合わせて親指をたてて同意の合図をした。


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