第9話 【 totoBIG 】
つかさはカウンターの奥にいる先輩仔猫にお願いに行った。要領の分かった私は、既に椅子から降りて構えたが、早過ぎたか、やや待たされた。やがて先輩仔猫がポラロイドカメラを胸にかけてつかさとやって来た。店のドアを開け、またエレベーターの降り口に出た。先輩仔猫は先程も撮影してくれた子であった。この子はやや大人に見えて、賢そうで優しそうで可愛い子であったがあえてあまり話しはしなかった。先輩が照明のスイッチを入れて本物のスタジオのように明るくなった。
「ポーズはどうします?」
「いやー、ぼくはいいからつかさだけの写真が欲しい」
ポラロイド写真は思ったより小さくて、一枚目はつかさの可愛い顔が小さいと思えていたので、もっとアップのつかさが欲しかったのだ。スマホで撮影したものなら拡大することもできるが、それが出来ないアナログはアナログで出来る範囲でと思った。先輩仔猫もつかさもそれを了承して、つかさは、座ってポーズをとった。下から上のカメラを眺めるため照明が顔に直接当たってテカテカしているように見えた。17歳とはいえ、かなりメイクをしいるようだ。素の顔をわざと隠しているかもしれない。先輩もあまり近づき過ぎないで撮影した。ポラロイド写真の画像が浮かび上がる頃にはカウンターに戻って、またつかさが落書きを始めた。日付と2枚目と書いて、ハート、つかさ、『九州からきてくださってありがとうございました。こっちに来たらまたミャンに来て下さいね』と書いていた。もう、猫言葉もコンセプトもない。素直なつかさの言葉だった。写真は結局、顔はあまり大きく写っておらず、先輩仔猫の気遣いと思え、残念だった。しかし、私は有り難く、忘れないようにとジャケットのポケットに二枚共入れた。つかさは日付を2020年と書くべきところを2002年と書いていて、これでも数字が苦手な気配を見せていた。
ここから先は、少しでも多く、つかさと話をしようとカウンターに身を乗り出した。左耳が聞こえないのもその理由として、更につかさに近づいた。
「海外行きたい所とかないの? 俺は、出張でけっこう行った。サンフランシスコ、バンクーバー、台湾、中国、珍しいところでは、アイルランドかな」
「へえ、アイルランドってどんなとこですか」
「うーん、綺麗なところだったよ。映画の撮影とかにもよく使われるらしい。そんな西の果てみたいな所に二回も行った。二回目から帰ってきた後に倒れた」
「どこが一番良かったですか」
「そうね、バンクーバーは綺麗な街やったね。映画の撮影もちょうどしてた。日本人も中国人もたくさんいたね」
「へえ、そうなんですね。行ってみたい。私はですね。メキシコへ行きたいんですよね。メキシコでね。骸骨とかたくさん集まる死祭って祭があるんですよ。それに行ってみたい。でもこの前、調べたら今一番危険で治安が悪い国って書いてあったんですよね。どうやって行くんだろうって思ってます」
「そうやね、危なそうやね。どうやって行くんやろうね、メキシコ。死祭って?」
「一年に一度死者が蘇る日があってお祭りをするそうです。それに行ってみたいんです」
えっ、この子、魔女志望? だから黒い衣装がよく似合ってたのかと思った。だが、後で調べてみると、そんな暗いものではなく、逆にいたって明るく、楽しくして、死者を迎える祭らしい。
「お盆みたいな?」
「まあ、お盆に近いけど楽しそうなんですよね。なんか行ってみないといけない気もして」
「生まれながらに持ってる使命みたいな?」
「使命とか大げさではなくて、テレビとかネットで見た時、行かなきゃと思ったんですよね。もし、お金貯まったら絶対行きたいなと思っています。行き方が良く分からないけど」
つかさは、段々強い口調で喋り始めていた。
「俺は、また、悪魔信仰かなんかと思っちゃったよ」
「ああ、そんなんじゃないです。とても綺麗なんですよ。骸骨も」
「そうなんだ。トトビッグ6億円当たったら一緒に行こうか? 」
「はーい、お願いします」 つかさは白い歯を見せて笑った。
「願えば叶うかもよ。前ね、14試合当たれば6億なんだけど、上から11個まで当たったことがあるんだ。時系列的に並んでたんだけど、その12個目の試合の前になんか悪いことしたのかな? って。あと3個で6億だったんだよね」 私は本当の自分の経験を話した。毎週、1口300円ずつ自動購入されているのである。
「あはは、じゃ、次は絶対当たりますよ。当てて下さい」
「了解。でも当ててもつかさに連絡取れないんだよね。LINEはやっぱり教えないんだよね? ここに来てもつかさが出てるかどうかは分からないし、俺、全然危なくないんだけどね」私はダメ元で訊いてみた。
「ああ、安全なのは分かります。でも、私が出てるかどうかは店のツイッターで分かりますよ」 私が身体障害者だからか、それともこれまで話してそう思ったのかどちらか分からないが、つかさは微笑んで私が安全なことを認めた。
「そうなんだ。これに入れて」
私はスマホを渡して、アドレスを入れてもらった。
「ツイッターはしてないんだよね」
「大丈夫です。ホームページでも分かると思います」
「ありがとう。また来なきゃね」
「絶対ですよ。6億円当てて」つかさはそう言って、向かいの時計を眺めていた。
「一緒に願っとって」
「はい。そろそろ時間なんですけど、私は10時までだし、他の人はいますがどうしますか?」
「そうなんだ。未成年やもんね。今から帰ると? 町田まで。 他の人はもういい。計算して」
「はい、分かりました」
つかさは、メモ帳をしばらく眺めて、計算器を打ち始めた。そして、だいぶ時間が経ってからメモ紙を差し出した。私の予想は1万5.6000円。結局中洲のキャバクラと変わらないくらいかかったじゃないかと思っていた。しかし、渡されたメモには2万1800円。何? やりやがったな、つかさ。計算間違えた?
「高っ、マジで。中洲より高いじゃん」
「わあ、始めてです。こんな行ったの」
「そうなんだ。じゃ、はい」
私は絶対、計算間違えているだろうと思ったが、悪気のない笑顔を見て何も言えなくなった。この分の何割かがつかさの手当てになると思えば許せた。実際は、私が40分の単価を1280円と500円間違えていたのだが、それにしても予想と大きく違っていたので、何か特別な税が乗っているのかもしれないとも思ったのだ。
つかさは、私のために作った店のポイントカードのスタンプ欄の印と印の間を嬉しそうにボールペンで繋いだ。どうやらそれを全部貯めると何かもらえるらしい。
「もうあと少しで10時になるけどもう帰るの?」
「ああ、店長に訊いてみないと分かりません」
帰り際に誘われないようにそう言ったのかもしれないが、法律ギリギリでやっている感があり、深くは追求しなかった。
「じゃ、帰るわ。また来れたら良いけどね……」
「また来て下さい」 つかさは出口までついて来てドアを開けてくれた。他の仔猫ちゃんたちも「行ってらっしゃいませ」と一斉に声をあげ、私はあっさり外に追い出された。なんだか寂しくなってもう一度ドアを返り見たがそこにドアを少し開けて私を見ているつかさの姿はなく、とても楽しく、良い思い出が出来た。しかし、もうこれで終わったか、明日は仕事だなと思った。
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