第8話 【 サディスト女子 】


その頃になると、別のお客も二人組だったり、二回目以上の常連さんたちと思えるお客が増えていた。それに合わせてそれを相手するベテランの仔猫さんたちも増えていた。そのひとりがちょっと変わった可愛い声で喋って目立っていたが、私にはその内容よりもつかさともっと話をしたかった。例によって、ボトルを開ける時、他の仔猫ちゃんたちが集合して掛け声と念を送った。それを他の席のお客も眺めていた。やっぱり恥ずかしい。

「小説ね、取材して書く事もあるんよね。部課長会の忘年会の時ね。コンパニオンの女の子が来てたんだけどね。その子がね。とても大人しそうに見える子なんだけど、二次会になったらね 『私、変態なんです』と言い始めてね。話を聞いたら面白くて、その話、そのまま小説にしたりしてる」

「へぇ、興味ある」

「興味あるんだ。スマホに入ってないかなあ」 

私は鞭をうつ格好をしたあと、スマホのメール版に残っていないか検索してみた。友だちにはメールで送るので以前送ったものがあるかもしれないのだ。その小説とは5000文字くらいで、『ののか』の1000文字と比べるとかなり長い『サディスト女子』という作品だった。母親が夜の温泉街で働いていたために、年の離れた弟を明け方まで面倒みていたが、明け方、男を連れて帰ってきた母親のために弟を連れて散歩に出る。早く帰りすぎて、母親のSMプレイを目撃し、それからサディストに目覚めてしまうという、17歳にとってはとてもエグイ作品だ。どうかと思ったが、つかさなら大丈夫そうな気がして見せてしまった。

「あった。読んでみる?」

「はい」

つかさは、私のスマホを手にすると、私と向き合ったまま、画面を見て固まってしまった。『ののか』の時とは比べものにならないくらい長い沈黙が続いた。キャバクラやスナックでは他の人のためにも仕事をしなければならないからこれだけで集中してこんなに長い小説を読む子はいない。画面もちゃんと動かしながら黙って読んでくれている。もう既に三回目の40分に入っていた。だが、ここは私が支払う時間だ。目の前で女子高生が私の小説を読んでくれている。しかも東京の可愛い高校生だ。その反応や感想を見たり、聞くことが出来る。こんなチャンスが巡って来るなんて。私は黙ってその様子を眺めることにした。画面を一心不乱に見ている。時間潰しの良い手間が出来たと思ったのか、時間の経過はあまり気にしていないようだ。焦って読んだり、飛ばしてる様子もない。

しばらくして、つかさはにっこり笑って

「読みました」と言った。

「ええ、もう読み終わったの。けっこう長かったやろ? 早い。すごいね」

これだけの長さをこの時間で読むとは少なくとも私よりは読むのが早い。内容は理解できたのか。あの内容を理解したとしたらある程度の経験もあるという事になる。さすがは、東京の女子高生か。

「内容は、分かった?」

「はい、分かりました。こんな人が本当にいるんですね。こんな話、聞くの初めてです」

「俺も初めてそんな話聞いて、びっくりしたから帰って直ぐに記録のつもりで書いたんだよね。凄いよね。普通のとても大人しそうに見える女の子なんだよね。もうコンパニオンは辞めてるらしいんだけど、これ、本人も読んでくれたらしい。どこかで偶然会わないかなと思ってるけど、もし、出会ったら 『なんてこと書いてんだい』 って思いっきり殴られるかもね」

「あはは、興味ある」

この小説は、女性にも意外と気に入られてるが、内容がどぎついだけに嫌がる女性もいる。つかさは、この辺は平気というか好奇心をくすぐられるのかもしれない。

つかさは、私のグラスに5000円の甘いシャンパンを注いだ。私も直ぐにボトルを受け取り、つかさのグラスに注ぎ、乾杯をしてお互い飲んだ。つかさものどが渇いたのだろうと思う。未成年という事を考えればやや罪なことだったかもしれない。三回目の40分に入ってだいぶ過ぎていたが、まだ写真撮影をしていない事を私は知っていて、気にしていた。つかさは動揺したのか、忘れているかもしれない様子だった。

「写真撮らなくちゃいけないね」

「ああ、そうでした。撮りましょう」



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