第7話 【 ののか 】


 

私は、友だちにLINEで送った『ののか』を開いてスマホを渡した。つかさは、たちまち画面に集中して、沈黙が続いた。『ののか』とは、女性が無理やり男性の隣に座り、指で男の手のひらに色っぽく字を書いて自分の名前を教えるが、年齢を尋ねるとまたその細い指を広げて「5才」と答えるという落ちの作品である。女性にも男性にもウケていた自信作であったが、今、元気がない、心を少し病んでるかもしれない友だち、ひとりふたりには受けなかった。つかさにはどう映るか心配しながら顔を眺めていた。それにしても可愛い。しばらくして、歯を見せて笑顔になった。良かった。私の感覚を分かってくれた。読む時間もちゃんと読んでくれたであろう、早くもなく、遅くもない間であった。

「面白~い」

「ありがとう。これ、人気あるんだよね。一部、元気がない人にはイマイチ分かってもらえなかったけど」

つかさは心を病んでいる様子は無さそうである。

「あの、またそろそろ時間になってきたんですけど」

「ああ、そっか、そうだね。延長で」


私は、もう一作くらいは読んでくれるかもしれないと悩むことなく延長した。つかさはまた向かいの掛け時計を見ながら手帳とにらめっこをしている。その計算に苦労している様子で文系は得意だけど、数学は不得意なのかと思わせた。その困った顔もまた可愛かった。

「飲み物、頼まんでいいの?」

「ああ、お願いします」

さっき頼んだ5000円のボトルはそういえば、私にも注がれていた。ジンジャエールと比べても甘く、ほとんどジュースだった。このタイミングで次のボトルを注文してもらうために必死で飲んで、飲みきれない分は買ってあげた私に飲ませて空にしていたのである。私は、自分で自分を罠にかける手段に手を貸していたことに気づいた。またメニューを出すつかさに私は、「2500円のでいい?」と訊いた。すると一番最初と同じように少し間をあけて、しかし今度は言いにくそうに「うーん、あと少しわがままを言わせてください。こっちを頼んで欲しい」と写真が撮れる権利がもらえる5000円のボトルを指差した。

「えー、そうなんだ。ノルマがあるのかな? 了解、いいよ。じゃ、それで」

まるで、この私なら先輩たちのようにたくさんボトルを頼んでもらえる。自己新記録に挑んでいるような表情だったのでお金のことは諦めることにした。なんて上手い商売をやってるだと思った。



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