第5話 【 個室 】


「そろそろ時間なんですがどうしますか?」とつかさが気の毒そうに言ってきた。そうか、もうか、40分だからそうだろうな。ここはもちろんだと「ああ、そうなんやね、延長で」と答えた。つかさは「ありがとうございます」と言って対面にかけてあった時計を見ながらメモ帳に何か書こうとしていた。最初の時も苦労している様子だったが、40分先の時刻を書こうとしているようなのだが40分が中途半端で苦労しているのか、今どきの子はアナログの時計を見慣れてなくて苦労しているのか、計算が苦手なのか、その様子もなかなか、可愛かった。

「あの、飲み物頼んで欲しいんですけど……」

あっ、そうか、そういうことか。どおりでガンガン飲んでると思った。アルコールは入っていないシャンパン、ジュースみたいなものなのだが、どうやら延長に入る度というか、この飲み物を頼んでもらうために頑張っているようだ。ノルマがある程度あって、それ以上だと歩合でアルバイト代に加算される仕組みになっていると予想される。地下アイドルとやや似ているかもしれない。ついにつかさは5000円のボトルをせがんできた。

「このボトルを頼んだら向こうの部屋で二人っきりになれます」

「ええ、そうなんだ。じゃ最初からこれ頼んどけば良かったじゃん」

私は、つかさがそう言ったと思い、こう返したが、後で考えると、「このボトルを頼んでくれたら向こうのスタジオで二人きりの写真を撮る事ができます」だった。しかも向こうのスタジオとはエレベーターを降りた所にあったこの店までの狭いスペースだった。

つかさの頼みを了承した私は5000円のボトルを買わされることになった。ところがこのボトルの栓がなかなか開かない。緩まないのだ。つかさがボトルを持って私が栓を回したが手が滑ってなかなか抜けない。つかさのか弱い手と私の右手だけの共同作業が続き、悪戦苦闘の末、やっと緩んだ。5000円もするのにこんなんでいいのかとも思ったが、こんな仕掛けも入れてるから高いのかと思え、笑えた。栓が緩んだところで、また他の先輩仔猫ちゃんたちを呼びよせ、例の掛け声を発してもらったが、また気恥ずかしくてなんと言ってるか上手く聞き取れなかった。一度目よりいつの間にか仔猫ちゃんは増えていた。

 つかさが先輩に何やら頼んで私をドアの外、すなわちスタジオへ連れ出した。「猫の手、付けますか?」とつかさにぬいぐるみの大きな猫の手を渡され、それをお互い片方ずつだけ付けて、二人並んだところを先輩仔猫ちゃんがポラロイドカメラで撮影した。今時、ポラロイドカメラか、画像はあまり良くないなと思いつつも地下アイドルもこんなやり方をしてるんだったっけ? と思った。

写真を一枚だけ撮ったら、私たちは再びカウンターの外と中に戻って向かい合った。これが5000円のボトルの特典である。ポラロイド写真はだんだんと画像が浮かんで来たが、今のスマホの映像のようにクリアにはならず、自分のアホヅラよりもつかさの顔がぼんやりと小さかったことにがっかりした。ポラロイド写真の限界であり、私がつかさと付き合える限界を突き付けられたようでもあった。つかさは、それでも空いたスペースにマジックで落書きを始めた。黒で一番上に大きく日付。あとはピンクで、つかさ、こうじさん、星とハートたくさん。来てくれてありがとにゃん。猫の足跡だ。スラスラと書き上げ、私に渡してくれた。さすがはプリクラ文化の女子高生かと感心した。アナログな写真もたまにはいいかと思った。その時、こっそりスマホでも写真を撮らせてと言えば撮らせてもらえたかもしれないがそれは申し出なかった。


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