第2話【ミャン】
その子は、パネルを右手でもって 「メイドカフェとガールズバーの間みたいな所です。40分1780円で飲み物が付きます」とパネルに書かれた金額を指差しながら答えた。
私は、その子の可愛さと金額を考えれば、おいしいじゃん。料金もせいぜい地元のスナックと変わらないくらいで済むだろうと即決。「ああ、じゃ行く」とその女の子に言った。するとその子はにっこりと綺麗な歯を見せて「こういう所、初めてですか?」と尋ねた。私が「うん、初めて」と答えると、「良かった。私もまだ三日目なんですよ。じゃ私と一緒に行きましょう」と言った。腰の前にはひらがなで書いた大きな名札、『つかさ』という文字が書いてあった。ええ、こんな可愛い子が私と歩いてくれるのか、嬉しいなと、この子に付いて行くことにした。
私たちは、カレー屋の隣のビルに入り、奥の小さいエレベーターに乗った。一般の家族連れみたいな人たちと一緒になり、お母さんと思える人にこちらを見られると、やや恥ずかしかったが、狭い空間でこの可愛いつかさと更に近くなり、なんだか嬉しかった。
家族連れは3階で降りて、そこから目的の6階までは、つかさと二人きりになったが特に言葉は交わさなかった。6階で降りると、そこには狭いスペースがあり、左奥に黒っぽい小さなドアがあった。
私は、「ここです」と言いながらそのドアを開けたつかさに続いて中に入った。たぶんその時、「おかえりなさい」と中の子たちから言われたのだろうが、こんな狭い、暗そうなところ、大丈夫なのか? ぼったくられたりしないのか? と考えていた私の耳には言葉としては入って来なかった。このあたりは、メイドカフェに似せているようである。
大きな猫の足跡のマークがある焦げ茶色のドアの中は、幅が4m、奥行きが8mぐらいだろうか、狭いところに連れて来られたという印象があった。中洲で行ったことのあるキャバクラのピンクで広く、ゴージャスなイメージとは明らかに違った。そして、テレビで見た事あるメイドカフェの明るさもない。左手にカウンターがあり、高めの背もたれが付いた椅子が7個ほど並んでいて、奥から三番目ぐらいの椅子にはスーツを着た30代くらいの男性が既に座っていた。右手にも小さい一人がけぐらいの四角いテーブルが二つほどあったが、誰も座っていない。お客はこの男性と私二人だけのようだ。良かった。これならあまり恥ずかしくないと思った。
つかさは、一番手前の椅子に私を座らせた。椅子が高いため、座る時はつかさが手伝ってくれて、なんとか掛けることができた。後で分かったのだが、ここは、女の子たちが猫の耳をつけて猫の言葉で話すコンセプトカフェ&バーという形態の店だった。カウンターは木目のグレー。椅子に座って前を見ると中央に幅2mくらいのピンクの旗みたいなものが貼ってあり、猫とコーヒーカップの絵が黒く描いてあった。その黒の上に店の名前であろう『ミャン』と赤い文字があり、 猫の足跡やハート。全体的に地味な部屋の中でそこだけピンクで、かろうじて華やかさを無理に演出しているように思えた。
つかさは、カウンターを挟んで私の目の前に立ち、名札を掲げて見せて、「つかさです。今日は来てくれてありがとにゃん。ご主人さまは何と呼べばいいかにゃん?」と先程の白いジャンパーを脱いで、黒のレースっぽい半袖のワンピースになって、まだ慣れない、照れ臭そうな言い方で、気づけば黒い猫の耳も付けて、話掛けてきた。私もやや照れ臭かったが、つかさのまだ慣れてなくて適当に喋ってしまったところがとても気に入った。これで、あまり堅苦しくなく喋れそうだからである。いちいち猫言葉で喋れられたのではおちおち質問も出来ない。私は都会の、東京の女の子の話に興味があったのだ。中洲のキャバクラも若い女の子の話を聞きたくて行っていたのだが、40分1780円で飲み物が付く。しかもこんな可愛い子が自分だけに付いていてくれるなら中洲の飲み物代別で、一時間8000円〜よりはるかに安い。これはラッキーな店に来たかな。二、三回延長しても全然安いだろうと思った。
「こうじ」 私は、性名を名乗るまではないなと思い、本名の名前だけを伝えた。そして、そこからは普通の会話になった。
「飲み物は何にしますか?」
「ジンジャエール」 私は、ホテルに帰ってから小説の続きも書きたいと思っていたので迷わずソフトドリンクにした。まもなく、ジンジャエールをつかさが出してくれた。
「そっちはなんか飲む?」
「あっ、ありがとうございます」とつかさは言いながら飲み物のメニューを出した。実は、この飲み物メニューがくせ者だったのである。そこには5、6種類のボトルの写真が載っていて、それぞれに値段が書いてあった。一番人気と書いてあるボトルで5000円、その右側を見ると1万円とか3万円と書いた物がある。何故そんな金額かと思ったが見るのも怖くて軽く見ただけで一番左にあった2500円のボトルを見つけて
「この2500円のでいい?」 とつかさに訊いた。つかさは、少し返事が遅れたが、「はい」と言ってこのボトル、シャンパンを用意した。栓を完全に抜く前に儀式があるらしく、奥にいた先輩の女の子を呼んできた。照れ臭くてなんと掛け声をかけていたのか聞き取れなかったが、多分みんなで「ボトルを頼んでくれてありがとにゃん」みたいなことを言ってボトルに念を送っていたように思う。つかさのグラスにそのシャンパンを注いで乾杯をした。
「今日はどこから来たんですか?」
「九州、佐賀。分かる?」
「えーっ、そんな遠くから。初めてです、九州の人」
遠くから来る人は多いだろうが、さすがは三日目だけあって、初めてなのだろうと、嘘はついてないなと思った。
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