第8話 #8


 「私はどっちかって言ったらゴリゴリの方がタイプだったなー」

 「絶対、佳苗はそっちの人だろうなって思ってたよ!」

 「私だって日菜は絶対、ガリガリの方ってすぐに分かったよ。独特な雰囲気醸し出してたし、バンドやってそうだったし」

 「別にそういう人たちがタイプではないよ! まぁ確かにこの人は何考えてるんだろうなって思ったりはしたけど……」


久々の私の家への来客。久々の佳苗との晩酌。盛り上がらないわけがない。家に着いた私たちは、テンションを上げるスイッチを入れるように缶ビールを開けた。晩酌の始まりを告げるように缶ビールが開くプシュっと気持ちのいい音が部屋に響いた。ごくごくと喉を通る音が自分でも分かるほど勢いよくビールを流し込む。喉越しの良さや後味の爽快感が分かってきたあたり、私も歳をとっているんだと実感する。つまみはもちろんビーフジャーキー。2人して大好きなものだから、スーパーの買い物カゴを見た店員さんがその量を二度見していたのが後になってじわじわ笑えてくる。噛みちぎりやすいジャーキーを選ぶのがプロの私たちの口の中には、必ずビールかジャーキーのどちらかが入りながらも、やっぱり話題はあの人たちの話になっていた。


 「それがきっかけでその人のことが気になって夜も眠れないとかは?」

 「あるわけないよ! 夜はもう疲れ切ってて気絶するように寝ちゃう」

 「はは。日菜らしいっちゃらしいね」

 「最近買った敷きパッドと枕が寝心地良すぎるんだよ! 今日、味わっていってね!」

 「いやぁ、私はこのソファで十分だよ。日菜の快眠を邪魔しちゃうくらいイビキかいちゃうし」

 「いやいや、絶対かかないでしょ。むしろ、私がイビキかいてるかも」

 「日菜は歯軋りがすごそう。昔の記憶だけどね」

 「あぁ、それ母さんに昔言われてたな。よく覚えてるね」

 「当たり前じゃん。中学生の頃、合宿で一緒の部屋だった日菜の歯軋りで3泊4日、ろくに寝れなかったんだから」

 「あはは! よく4日間持ったね、体力! あの時は本当に申し訳なかったよ。今は朝起きても口は何も痛くないからもうしないと思うけどな」


いつの間にか話題は男の人から私の歯軋りの話になっているところが私たちらしい。何の関連性もない話題の方へ飛んでいき、ふとした時にまた話題がブーメランのように戻ってくる。


 「じゃあ私が寝るまで同じ布団の中で、例の2人が今度店に来たらどういう対応するか作戦会議しようよ」


こんな具合に。これが私たちの会話の通常運転だ。


 「ねぇ、気づいたことがあるんだけど!」

 「何?」


佳苗がくりっとした二重瞼の大きな目をさらに大きくして私を見つめた。どうしてこんなに可愛い子に彼氏が出来ないのか本当に謎だ。


 「佳苗、私よりあの人たちに興味持ってるでしょ。特にあのガッチリした人の方に」

 「んなわけないじゃん。ただの興味本位だって」


表情を変えないまま視線を私から逸らしてビールを口に入れた佳苗の眉毛は少しだけ上下に動いていて笑えた。佳苗を改めて見つめてみると、酔っているからか分からないけれど、頬が赤くなっているような気がしてとてつもなく佳苗が可愛く見えてきた。これは始まっちゃうな、佳苗。いや、もう始まっているかもしれない。


 「てかさ、日記。中の状態は大丈夫だったの?」

 「うん。ざっと見たけど、汚れてもなかったし破られた形跡もなかったよ! ほら、この通り!」


佳苗に見せつけるようにノートをバサバサと開いてみると、ふと1枚の細長くて薄茶色っぽい紙がひらひらと落ちてきた。それを拾うと、意外としっかりとした硬い素材の紙で作られているものだった。私の物ではないのは断言できる。


 「何これ? これは私のじゃない」

 「何だろね。私にはしおりに見えるけど。日菜のじゃないの?」

 「いや、私のじゃない。確かにしおりに見えてくるね。ん? 何か後ろに書いてある?」



 『君の瞳の映す先。それは人ではなく時間。月が見つめる先は月。同じにおいがした人』


何かの暗号だろうか。それとも詩のようなものだろうか。書道を極めた人が書いたように見える、あまりにも綺麗な文字がその文章を強調させる。この日記を拾ってくれた人が伝えたかったことは正直分からなかったけれど、なぜか私はこの文章から目を離すことが出来ないでいる。


 「綺麗な字だね。意味はよく分かんないけど」

 「うん。本当に綺麗。何か分からないけど宝物にしたくなっちゃった」

 「ナンパにしてはキザすぎるし斬新すぎるよね」

 「佳苗の口からキザすぎるって聞くの5年ぶりぐらいかも! 懐かしすぎて笑えてきちゃった!」

 「今の若い子たちはキザとか言っても分からなそうだもんね。って、論点はそこじゃないから」

 「あはは! 鋭いツッコミをありがとう! なんか私、この日記を落として良かったかもしれない!」

 「なに調子いいこと言ってんの。喫茶店にいる時、この世の終わりみたいな顔して青ざめてたくせに」

 「え、えへへ……。それはそうでしたけど。終わりよければ何とやらって言葉がこの世界にはあるようでして……」

 「まぁ何だ。日菜が元気になったならよかったよ。そのしおりを挟んだ人にも感謝するんだよ」

 「もちろん! 感謝してもしきれない! 欲を言うなら会ってお礼を言いたい!」

 「じゃあさ日菜。その勢いで日記の内容、ちょっと見せてよ。私、酒入ってるし、絶対明日には記憶無くなってるだろうから」

 「それは絶対イヤ!」


佳苗の要望をきっぱりと断ることが出来るくらいの判断は出来るようだけれど、私の視界はさっきよりも確実にぐわんぐわんと揺れている。瞼もだいぶ重くなってきた。時間を考えない私たちの笑い声が部屋中に響きながら私たちは夜を明かした。久しぶりにこんなに口を開けて笑っている自分がいた。ありがとう。佳苗。

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