ギィン――と剣戟、散る。

 サイバネ化したカンガルーの跳躍力より繰り出す槍法、ヒット&アウェイの一撃離脱戦法。すれ違いざま、強烈な槍を一太刀浴びる。刃筋を立てて斬速を受け流し、返す刀で斬り掛かろうにも手近なところには、最早影もない。

 また、来る――! 戦慄が、凪爪の背を灼く。竜騎士スケイル、その一撃離脱戦法の恐るべきは、アウェイからヒットまでの間断なさ。

 強靭な尻尾が舵を取り、接地と共に地面を叩いて即座に方向を転換する。

 加えて、カンガルー特有の脚の構造だ。カンガルーのアキレス腱は、極めて強力なスプリング。跳躍の勢いを殺さず、次の跳躍に繋ぐ。サイバネ移植の後も機能をそのまま強化して、エネルギー保存のバネを保持しているのだ。

 四方八方、十重二十重と踊り掛かる槍の乱舞。

『早速のお出ましだ! 竜騎士スケイルのファーストギア、蜃気楼脚ミラージュジャンプゥゥ!』

 跳躍のたびに、槍は加速する。幻影、捉えどころもなく。幾重もの斬突が襲い来る。

 凪爪を囲んで芽吹く、赤い華。流血ではなく、剣戟の熾す火花だ。

 尾流ている鉄鼠てっそ袈裟けさ

 猫侍にゃむらい独自の刀法、尾流が為す全方位死角なしの絶対防御。倭刀は左右の手へ行き渡るに留まらず、自在の尻尾にも柄を執り、転身の隙を挟まずに背後の串刺しを凌ぐ。

 のみならず、守勢に徹する構えを解いて、一転攻勢へ転じる。

 窮鼠きゅうそ、渾身一滴の交叉法である。

「見事……!」

 ようやく、足を止めたスケイル。その脇腹から血が飛沫く。

「よくも言う………」

 凪爪の右肩口からも、血飛沫が散った。肉を切らせて骨を断つのが交叉法だ。なのに、同じ浅い刀傷を負わせたのでは無駄骨である。体格差を鑑みれば、同等の出血量だと不利に追いやられるのは凪爪なのだ。

 歓声が爆発する。

「このままでは泥沼だ。ギアをひとつ、上げるとしよう」

「なに……?」

 スケイル、槍を地面へ突き立て、両手を左右の脚へ伸ばす。大腿部の部品をガチリと操作、撃鉄を起こすアクション。撃鉄、義体内蔵の銃器だろうか。

「鉄砲か」

「いいや。俺の得物は、この一本槍だけだ」

 あらためて槍を携えるスケイルに、凪爪は身構える。ブラフかどうか判断に気を割くまでもない。何が来ようと迎え撃つまでだ。

「その心意気やよし」

 スケイル、機械仕掛けの脚をたわめる。最前よりも深く、膝の角度を鋭くして。

 義体内部で、機構の連結を解かれた撃鉄が落ちる。

 天蓋吊るし置きのモニター映像、スケイルへ寄ったカメラが彼を見失った、ひとつの銃声と共に。

 悪寒、熱く血潮が散り、凪爪の左肩を血糊が濡らす。

「躱したな……?」

 両肩を赤く汚した凪爪のはるか後方で、スケイルが鮮血を吸った長竿を翻した。

 サイバネ義足の排莢孔からたなびく、ガンスモーク。最前その脚が踏み締めていた土は深く抉れて、かたわらに空の薬莢をひと欠片転がしている。

 爆炸関節バーストジョイント。関節内の燃焼室で炸薬を爆破し、生じるエネルギーを運動量へ転化するサイバネ義肢のオプションだ。既存の身体制御プログラムとの齟齬が大きく、取り入れるユーザーは珍しい。

『セカンドギア、赫雷雲耀レッドスプリントまでもが炸裂ゥゥ!』

 びたり――と穂先の返り血を足許の土へ振り払い、スケイルは抉り抜いた凪爪の左肩を指差す。

「その腕、貰い受けようとしたんだがな」

「易々とくれてやるものか。その時は、勝利と引き換えだ」

 腕を伝い刀の柄を汚す血のぬるさを自覚しながら、凪爪は切先を持ち上げた。

「……その言葉、虚勢でないことを祈るよ」

 槍が首をもたげ、凪爪の眼を睨め付ける。猫眼に映る穂先の尖鋭が、瞳孔と同じ楕円をかたどる。

 スケイルの膝、角度鋭く。今か今かと解放の時を待つ撃鉄が、落ちる。

 銃声、撃発。弾速もかくやと、竜騎士が跳ぶ。ぎいん――と赤が散った。剣戟の熾す、赤い火花が。意味するのは、凪爪の刀法が雲耀と化した竜騎士の槍を凌いだという事だ。

「よくも、見破った……!」

 わずか二度足らずで、爆作関節の性質を見破り戦術へ組み込んで来ようとは。

 ひとたび撃鉄を起こせば、関節は銃爪と同一の性質を有する。銃爪が一定のストロークで銃を撃発させるように、爆炸関節は膝関節が一定の角度に達した瞬間、強制的に作動するのだ。

 凪爪にしてみれば、指の動きよりもストロークが長いぶん、作動の瞬間を見極めるのは鉄砲よりも容易い。

「からくりは見切った。この刀、次は噛み付くぞ」

「侮るなよ。この槍、それほど鈍くはない」

 スケイル、変わらず槍を構えて腰を落とす。

「雲耀またたくのが、一度だけだと思うのか」

 銃声、雷鳴めいて。雲耀は凪爪を目掛けず、また別の場所で銃声が鳴った。

 悪寒、遅れ失して右脚を熱く凍えた槍が裂く。のみならず、また連なる銃声が、凪爪を襲う。

 赫雷雲耀レッドスプリント明滅ブリンク。爆作関節の連続作動、これでは見切りのつけようがない。

 銃声は間断なく四方八方で鳴り響き、さながら雷雲の真っ只中に居るようだ。

 尾流、鉄鼠の袈裟。全方位防御の構えも、剣戟の火花よりも流血の赤が多く散る。

「ぐ……!」

 頭がくらりと霞む。足許を汚す、おびただしい血溜まり。血を流し過ぎた。致死量の七割が敗北のラインとは聞いたが、どのみち半分も流せば、まともな戦闘は望めやしないのだ。

 万事休す、これまでか。倭刀の柄を執る手が、力みを失い震え出す。

「凪爪ぇぇ!」

 猿叫、咆哮。雷鳴すらつんざいて、俠侍郎の声が観戦席より凪爪の耳へ届いた。ただ、名だけを呼んで。勝てと告げるわけでもなく。

「……うるさい男だ」

 白刃、ぎらりと雲耀の槍を弾き返す。

 雷鳴が一度、遠ざかる。よもやこのまま、失血を待ちはしないだろう。エンタメ、興を削ぐ事この上ない。宣言通り、腕を獲りに来る。勝敗を決するトドメの槍を撃ち込みに来る構え、ならばくれてやろうという心境で、凪爪は刀を地面へ突き立てた。

 両手を構える骨法、刀の柄に尾が絡む。尾流・猫じゃらしを狙う算段。雲耀の速さを合気で受け流し、刀速へ伝える。だが、爆炸関節の踏み込みとすれ違いざまに離脱する背中を逃さず、それだけの隙を見出せるかどうか。

 凪爪の焦燥をよそに、スケイルが雷鳴を踏み音にして跳んだ。爆炸、縮地。雲耀が凪爪の左腕を貫き、駆け抜ける。

 毛皮が、肉が裂ける。弾けなかっただけ御の字、骨が穂先へ噛み付く。合気の骨子は、骨身を経路にした力の伝達。これで、雲耀は捉えた。あとは、その速さへ追い縋るだけだ。

 ヒット&アウェイ、離脱する背を逃すまじと。

 猫じゃらし・光芒こうぼう。本来、刀速へ伝える力を脚へ伝播し、走法に転化する。徒士かちが騎兵を返り討ちにするため編み出された、猫じゃらしの応用である。

 槍の勢いを、我が身運ぶ力へ転化した凪爪は錐揉み状に飛び、爆炸関節の加速で離脱するスケイルに刀を揮った。

 狙いは何処か、肩、背中、脚。一太刀の斬獲が決定打になり得るのは――

「尾のない猫は走れない……!」

 サイバネ化した強靭な尻尾だが、斬鉄の心得はある。鍛造された利器に武芸者の技巧も加わっていない鉄塊なれば、斬獲は造作もない。

 一刀両断。尾流の斬刀が、竜騎士の鉄尾を断つ。

「なに……!?」

 予想だにしなかった、爆炸関節への追い討ち。接地と同時に尾で舵を切ろうと試みたスケイルは、驚愕に打ちのめされた。

「どうする……? まだ奥の手があるのだろう?」

 光芒の勢いのまま二転三転、地面を転がり受け身を取った凪爪が、右手へ執り直した倭刀を持ち上げる。左手は、だらりと。どうやら動きそうにはない。

「……なぜ、そう思う」

「勘ばたらきだ。続けるなら、付き合うが」

「血まみれで、よくも言う」

 スケイル、ふと笑って槍を地面へ突き刺した。

「尾を失くした竜が、翔べるはずもあるまいよ」と竜を模した仮面を外す「俺の負けだ。今はただ、勝者を祝福しよう」

 再びあらわになった面差しは、やはりどこか優しい。

『なんとぉ竜騎士の降伏宣言! この勝負、勝者は倭克の乙女猫侍、凪爪だあ!』

 ゴングが決着を告げる、歓声の爆発と共に。

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