「考え直したほうがいい」

 地下酒場をあとにして、ノラウェイダへ戻るやいなや開口一番に、デガードが言った。

 港の使用料に加えて宿代を算出する余裕もなく、常のように船が宿代わりだ。幸い、空室は多くアンリと凪爪に部屋を割る余裕はある。

「なにをだ」と凪爪、承知の上で。

「闘技場の件だ」

「なにを考え直せと言う。元々、俠侍郎が請け負う手筈を、あちらの指名でわたしが継いだだけじゃないか」

「元から、いい金策ではなかった。人選を変えてまで強行することもないだろう」

 元帝兵の悪目立ちに敵方がどう出るかを探るという目論みも、凪爪に変われば果たせない。いや、その目論みでさえ、俠侍郎が自ら汚名を晒してまで果たすほどの事でもなかっただろうに。

「凪爪」とアンリ「あなたが闘技場で名を売れば、仇に知られるんじゃないの?」

「……わたしの仇は、追われたとて逃亡を図る相手じゃない」

 並々ならぬ因縁を思わせる横顔、触れてくれるなと言わんばかりに。

「……だとしても、闘技場へ立つのはリスクが大きいと言っているんだ。君はあの場所を知るまい。地の利もないのに戦場へ立つのが、倭克の作法なのか?」

 癇の障りどころに触れられて、凪爪の耳がぴくりとする。

「撃剣興行のようなものだろう。試合だ、戦とは違う」

「使うのは真剣、実弾だ。殺しを禁じてこそすれ、制限は頭部への損傷のみ。敗北を決めるのは自己宣告か気絶、あるいは致死的なダメージの七割。たとえば君の場合、出血なら一・五リットルの血を失うまで負けとはみなされない」

「……それでよく娯楽を謳えるな」

「医療班が優秀なんだ。物理、魔法問わずの科学医療。再生治療に魂魄復元、サイバネ技術や錬金術までも節操なく取り入れて、頭が潰れてさえなければ蘇生する」

「なら、なんの問題もないじゃないか」

「医療費はすべて、自腹だ。九死に一生を得た代価、決して安くはない。下手をすれば、残りの一生を費やしても負い切れなくなる」

「あくどい」とアンリがつぶやく。

 背負った借金を返すため、闘士はまた武器を執る。ひと握りは花形闘士として美酒に酔い、多くの敗者達は辛酸を舐める。

「武芸ひとつで身を立てようというんだ」

 凪爪、倭刀の柄尻へ手を置く。

「相応の代償だろう」

 事実、闘技場へ新参の闘士が後を絶たないのは、彼らがリスクを承知で我が身を投資に賭けるからだ。凪爪の声にも曇りはない。得物ひとつへ身を預ける者の心構えに、アンリは押し黙る。

「そうは言っても、君の目的は武功にはないはずだ。はっきりと言っておくが、今この船に残った資金では、腕一本の再生が関の山。蘇生となれば足が出る」

 瀕死の重症に陥れば、借金漬けになる。

「問題ない。腕ひとつあれば、勝ちは拾える」

 そう聞いても、凪爪の猫眼はいささかも迷わない。無言を決め込んでいた俠侍郎が笑った。

「お前の負けだ、デガード」

「……勝ち負けの問題じゃあるまい」とため息を吐く、デガード「しかし、負けは負けか。わかった、君に賭けよう」

 キュルリと単眼の羽絞りを動かすデガードに、凪爪が頷き返す。じゃきん――と刀で金打を鳴らして。

「ああ、わたしに任せておけ」

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