太陽がない常夜のコーラル、ギャンブリラ。降り注ぐのは幽かな三つの月明かり、光源とするにも熱源とするにも頼りない。なのに――

「寒くは、ないのだな」

 凪爪なつめ、暖気に包まれて息を吐く。

 バブルゲートを超えて混沌港へ乗り付けた一同は、ギャンブリラに降り立った。ここもバッドランズと同じ、無政府のコーラル。入港に伴う審査は、なきに等しい。その分と言うべきか、港の使用料は割高だが。

「それに煌びやかだ」

 まばゆい街灯を見渡す凪爪、手をかざして目許をかばう。

熱素カロリック蒸気機関の働きだ」とデガード。

「かろりっく……?」

燃素フロギストン火薬と同じ、錬金術の産物よ」とアンリが、街並みを奔るパイプ群を指差す。

「熱素蒸気が街中を奔るパイプラインを巡って、暖気を送る。極寒コーラルの環境整備としては、常套手段ね」

 防寒着を身に付ける必要がないというのは、少々やり過ぎな気もするが、ギャンブリラの羽振りよさが窺い知れるというものだ。

「蒸気タービンで発電もまかなう。だからここに、光が絶えることはない」

「……なぜそこまでして、こんな場所へ賭博場を?」

 当然の疑問。

「社会勉強もそこまでにしとけよ。とっとと用事を済ませるぞ」

 俠侍郎、ゼロがひとつ減ったクレジット端末を片手にせっつく。

「……誰なんだ、これから会う相手というのは」

 むすりと凪爪。資金繰りに闘技場へ参加する旨は、凪爪もアンリも聞いて承知した。段取りを付けるため、ギャンブリラの有力者と会談するらしい。

「昔の客だ。ギャンブリラ、特に闘技場で名を売っている相手でね。話を付けるには、格好の相手というわけだ」

「客というのは、つまり運び屋の?」

「ああ」と俠侍郎「酒を運ばされた」

「酒? 酒屋へ会いに行くのか?」

「仕入れを任されたわけじゃない。俺達にそういうまともな仕事は回って来ねえよ」

 俠侍郎達は、アングラ御用達の運び屋スマグラーだ。歓楽街ばかりのギャンブリラで、禁酒法もないだろう。

「私達が運んだのは、たった一本の酒瓶だ。銘柄は、エリザベド。なんでも酒造所が絶えて久しく、混沌の海中探しても両手で数えられるほど――」十本前後の指を持つ人類種ならだが「――幻のブランデーという触れ込みだ」

 口当たりが優しいようで、奥深く伸びのある複雑な味わい。これは熟成期間フィニッシュの長さもさる事ながら、黄金比の香辛料が加えられているからだという。

 もちろんこれは、依頼主の受け売りだ。シャーレにとって酒と言えば、もっぱら木精メタノール、メチルアルコールを指す。有機体ドゥターが飲用すれば、よくて失明、悪ければ天に昇る心地を味わえる劇薬だ。

 あいにくデガードに、酒精の味はわからない。

「それが難破船から掘り当てられた。盗掘屋から巡り巡って、競売へ。高値で落札された」

「その落札者が依頼主?」と首を傾げるアンリ「どういうわけで、あなた達を?」

「競売敵の逆恨みまで買ったんだとさ。酒瓶守りながら運ぶため、俺達に仕事が回って来た」

 厄種がなければ、スマグラーはお呼びでない。潜在する危険をあらかじめ報せて来るだけ、マシな部類の依頼だ。

「実際、あれは骨の折れる仕事だった」とデガード。サイバネ拡張済みのシャーレがそう言うのだから、その労苦は推して知るべしだ。

「報酬はよかったがね」

「つまり」とアンリ「これから会うのは、お酒ひとつに大枚はたくのを惜しまない呑んだくれ? 信用できるの?」呆れ顔を隠しもせずに。

呑んだくれドランカーには違いねえ。だが、野郎は闘技場の上位闘士ランカーだ」

 闘技場の花形、運営にも顔が利く。

「会っておいて、損はねえ」

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