4th バッドウェイ・ドライブ

 からからと、車輪ウィールが周る。運命を量るにしては、がらん堂なルーレット盤の回転音。聞く者の主観、凪爪なつめは賭博、博打を毛嫌いしている。父が、その手の遊びを嫌っていたからに他ならないが。

 ルーレット台のスツールへ腰掛けながら、辟易するのは音ばかりではなく臭いも同じ。紫煙に酒精、エチルアルコールとニコチンタール。臭気が、獣から継ぐ鋭敏な嗅覚へ突き刺さる。いや、ザイル種にも煙草や酒を好む者は居る。父は酒豪だった。母が嗜む程度に晩酌へ付き合っていたのを想い出す。

 凪爪は下戸だ、舐めるだけでも酩酊する。ヤニの臭いも好まない。

 隣へ座り、ブランデーのグラス片手に葉巻を蒸す牡鹿のザイルをちらりと横目に睨む。本人は何処吹く風で、鼻歌混じりにチップをベットする。

 凪爪も、千クレジットチップを五枚ベット。アウトサイド、偶数イーブンへ。確率は、およそ二分の一。配当は二倍。すでに同額を五回注ぎ込んで、負けが三回。つまらない負け越し。気にした風もなく、ディーラーの「そこまでノーモアベット」を聞き流す。

「おい、凪爪」と牡鹿のザイル。

「なんだ、ハイン」

「つまらん賭け方をするな。ツキが逃げちまうぞ」

「知らん。わたしは、遊びに来たわけじゃない。賭け事なんか、どうでもいい」

「そいつは遊んじゃいけねえ理由には、ならねえよ。どうでもいいなら、楽しんでも損はない」

「わたしが考えるのは、事を仕損じないかどうかだけだ」

「馬鹿だね、お前は。もちろん物事の善し悪しを決めるのは、結果さな。だったら、過程を楽しまないでどうする」

 過程を楽しむ?

「……そんな風に考えたことはない」

「そんなら今から考えな。そんな風にしかめっ面のままじゃ、悪目立ちする。この場に溶け込まなけりゃ、綺麗なべべ着たかいがないってもんだぜ」

「……それを言うな」

 無意識に、ドレスの裾を掴む。そう、ドレスだ。今の凪爪は着慣れた戦装束ではなく、華やかなドレスで着飾っている。

 わずかながら着物めいた装い。帯を腰に巻き、右手に振り袖こそ着いているが、左肩の毛皮を露出した左右非対称アシンメトリーなカクテルドレス。スカートにはスリットが入り、膝上五センチから脚が覗く。

 猫脚特有の長い踵すら人前で露出した事のない凪爪にとって、羞恥の極み。他の女性客と比べれば、ずいぶん控え目な露出なのだが、当人にとっては裸にされた気分だ。

「そういう顔がよくねえんだ、周りを見てみな。客はみいんな、自分を中心に世界が周ってるって面してるだろうが」

 牡鹿、ブランデーを飲み干す

「中心に、周る……?」

ボールになっちゃいけねえよ、ウィールにならなけりゃ。欲を言うなら、盤面を周す役回りが望ましい。人生を右に周すのが肝心だ。左に周されちゃお終い、自ら前進あるのみってことさ。たとえ後ろへ下がる時だって、背中向きに前へ進むんだって意気込みが要り用なんだ」

 通り掛かったウェイターを呼び止めて、追加のグラスを注文する。

「……酔っていないだろうな」

 慣れない衣装で身を飾り、酒浸りの牡鹿からわかるようなわからないような説教を受ける。どうしてこんな境遇へ臨む羽目になったのか。これには少々、込み入った事情があった。

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