老人の周囲を巡る水球、中心に巻き込んだ砂を蓄えて。

 砲台から発せられる徹甲流水、ハードターゲットを貫く貫通力。生身にはひとたまりもない。

 弾道予測、魔法因子の知覚範囲内ならそれが叶う。

 バティスタ、最初の不意打ちだけでそれとわかる卓越した魔法使い。知覚範囲では及びも付かない俠侍郎だが、知覚精度だけなら並び得る。

 魔法工学のケイオスクラフト、その操船は計器類を読むだけでは足りず、魔法因子の状態を精確に把握する必要がある。伊達や酔狂でノラウェイダを乗りこなしているわけではないのだ。

 加えて、高い空間把握能力に戦闘勘。左右へ足を飛ばし、流水の弾幕から逃れせしめる。

 右手のアグニ、狙いもそぞろに撃発。

「待って……!」

 アンリ。悲鳴、懇願。聞き入れてやるだけの余裕はない。立て続けに、撃つ。

 張り返した弾幕からバティスタが逃れる。砂上を滑るように。杖を着いてもおかしくない老いぼれの脚、脚力ではない。足許の砂がバティスタを乗せて自ずとうごめく、魔法の産物。

 この応用力、俠侍郎のようなインスタントな魔法使いとは違う。術式を手ずから構築する正統派。

 移動へ演算を割いた影響か、流水の弾幕が薄らぐ。逃げ足を止めて、銃を構えるスタンス。両手に銃を保持して、狙いを定める。

 狙撃、確実に仕留めるダブルタップ。

「くそ……!」

 舌打ち、ひとつ。仕留め損ねた。いや、あちらがひとつ、うわ手なだけだ。

 幾重にも張り巡らした徹甲流水が、銃弾を弾き飛ばした。攻勢一点張りにみえて、攻防一体の術式。インテリ畑の老学者かと思いきや、かなりのやり手だ。

「まいった! 降参だ」

 銃口を真上に、両手を挙げる。

「そこの先生は置いていく。そんなら俺に用はねえだろ」

 あいにくと命を張るほどの付き合いでもないのだ。

「あとは内輪で揉めてく――」

 戦慄、悪寒。水球砲台が、致死性の水鉄砲を撃ち出す。脳裏で待機させておいた術式を発動。

 鬼火おにび竜燈りゅうとう。指定座標へ発生させた鬼火、その爆風を内側へ引き寄せて高い熱量を数秒維持する。

 流水が蒸発。砲弾の運動量を喪失する。

「……やってくれるじゃねえか、爺さん」

「人の生徒を誑かしたのだ、腕の一本くらいは置いていけ」

 正中線を精確に狙い済ましておいて、よくも言う。

「……今のは戦術魔法ミリタリースペル。帝都軍式の鬼火だな。貴様、帝都兵か」

「元を付けろよ、インテリ爺い」

 アンリから、息を呑む気配。今さら、出自を隠し立てするつもりもない。虫歯という比喩は我ながら的確だ、自分へ非がないというわけでもないのだから。

「古巣のにおいを知っているなら、自分が追おうとしているものが何者か知らぬわけじゃあるまい」

 やはりこのジジイ、ゼリーフィッシュの密猟者へ思い当たるところがあったのか。

「なにが目的だ」

「虫歯治療」

「……なに?」

「奥歯が、疼くんだよ」

 アグニ、撃発。激流が弾丸を弾く。反撃に襲い来る徹甲流水から逃れながら、銃を乱射する。

「腹を括れよ、学者先生!」

 立ち竦むアンリへ、火を入れる。

「啖呵を切っておいて、いつまで足踏みしてるつもりだ!」

 連射の限りを尽くし、アグニがホールドオープン。弾切れ。ここぞとバティスタ、水球砲台をすべて攻勢へ注ぐ。

 一斉射撃、濁流が押し寄せる。

 鬼火三口おにびさんこう竜燈りゅうとう。三つの座標へ熾した鬼火・竜燈を盾として、俠侍郎は弾幕をしのぎに掛かった。

 膨大な水量が熱量を奪い、火勢が見る間にしぼむ。弾倉を交換する間すら稼げない。

「……まっずい」

 死ぬ、予見するまでもなく。

「――記述するディスクライブ……!」

 差し伸べられた、白魚の手。三口の鬼火が火勢を蘇らせる。術式の書き換え、辺りの空因子を取り込み火勢の糧として。

「……助かったよ、先生」

「発破掛けたのは、あなたでしょ」

 俠侍郎の隣へ並び立つアンリ、バティスタの猛攻が一旦鳴りを潜める。

「どうあっても、足を止めるつもりはないのだな」

「だから、そう言っているでしょう」

「……仕方ない」

 水球砲台の数が増す、

「足のひとつは覚悟してくれ」

 ふたりを襲う、怒涛の徹甲流水。

「――記述するディスクライブ

 アンリが術式を構築、足許の砂を操作する。徹甲に、結合力の緩い砂で壁を築いたところで効果は見込めない。

 まずは弾道予測、エルフの魔法因子感知能力は、他人類種の追随を許さない。俠侍郎よりも、よほど精確に砲弾の軌道を予測、術式を調整。

 都合数メートルのうわばみを模した、砂の渦。予測弾道を中心へ囲い、発射と同時に締め掛かる。爆散、徹甲流水が大蛇の顎を蹴散らし、腹を裂く。

 所詮は砂、高圧の水を前には脆い。だが、紙切れも束ねれば銃弾を防ぎ得る。蛇は尾をわずかに残して、流水を食い止めた。

「どうするの! そう何度もは続かない!」

 エルフといえども優れているのは感知能力だけで、実際に術式を構築するのは知識とセンス。魔法使いの力量で、アンリはバティスタの足許にも及ばない。

「踏み込む。間合いを開けたままじゃ、埒が明かねえ」

 アグニを再装填しつつ、俠侍郎が腹を括る。

「援護は頼むぜ、学者先生」

「無茶言わないで、私にできるのは自衛だけ」

「できるできないの話はしてねえ。乗るか降りるか。選べ」

 俺は選んだと俠侍郎。

 選択、選択、また選択。良し悪しの区別も付ける間もなく。選ぶ以外の選択はない。選ばないという道もまた、選択だ。それならば――

「……わかった。化けて出て来ないでよ」

「博打の出目で恨むほど、みじめなことはねえ。そん時は笑って死ぬさ」

「うそ」

「……嘘だよ。七代先まで祟ってやる」

「エルフの七代? 気合いの入った怨霊ね」

 死線を前に笑い合うのもそこそこにして、俠侍郎は戦端へ踏み出した。

 迎撃。両翼を広げた水球砲台が、掃射。ひとつに焦点を絞れば、全体を見失う。

 “鬼火・五光ごこう”の三枚積み。物量には物量だ。絨毯爆撃で露払い。

 俠侍郎、視界がくらりと霞む。魔法は術者の熱量カロリーを消費する、魔法因子を励起するための起爆剤として。

 度重なる行使に加えて、戦術魔法は正統派と比べて効率が悪い。襲う飢餓感、震える膝に喝を入れて間合いを切り取る。

 爆風を発する鬼火が散らずに、絶えず火勢を燃やして踊り狂う。アンリの援護、即興の割に呑み込みがいい。

 アグニ、撃発。距離を詰めつつ、バティスタへ銃撃を浴びせる。徹甲流水のカーテンが、鉛弾を弾く。折り込み済みだ。欲しかったのは、そのとばり

 腰へ差したシースから、ナイフを引き抜く。

 帷が晴れる次の瞬間、バティスタが目にしたのは、ナイフを片手に踊り掛かる俠侍郎の勇み足。

「間抜け」

 老獪な魔法使いは、足許へ忍ばせておいた術式を呼び起こす。砂が刺々しく隆起、中空の俠侍郎を串刺しにする。

 内臓をずたずたに食い破られたはずの俠侍郎、血反吐を吐く代わりに口端くちばたへ笑み。宣言通りの虚勢、いや虚像だこれは。

 帝都軍式戦術魔法、乙種八号不知火しらぬい。熱と空因子へ干渉し、人為的な蜃気楼を生む術式。虚像を対象の目前へ写し、距離感を狂わせる。

「間抜けはどっちだ」

 自らの幻影を引き裂き、刀身を突き出す。一閃、瞠目する老人の目許を掠めて。浅い、致命傷にはほど遠い。

「……威勢の割に、詰めが甘い」

 バティスタ、鎖へ触れる。処刑の仕草。しかし虚しい手応えに、ひときわ大きく目を見開いた。

「そうでもねえさ」

 俠侍郎、右手をひるがえす。手許から投じる、青い輝石。まんまとナイフで掠め取った、鎖付きで。

 じゃらり――と受け止める、白魚の指。揺れる蒼玉から、水滴が散る。

「やっちまえ、先生」

 濁流、怒涛に。徹甲と呼べるほど洗練されたものではなく、しかしその勢いは、師を叩き伏せるには充分だった。

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