5
老人の周囲を巡る水球、中心に巻き込んだ砂を蓄えて。
砲台から発せられる徹甲流水、ハードターゲットを貫く貫通力。生身にはひとたまりもない。
弾道予測、魔法因子の知覚範囲内ならそれが叶う。
バティスタ、最初の不意打ちだけでそれとわかる卓越した魔法使い。知覚範囲では及びも付かない俠侍郎だが、知覚精度だけなら並び得る。
魔法工学のケイオスクラフト、その操船は計器類を読むだけでは足りず、魔法因子の状態を精確に把握する必要がある。伊達や酔狂でノラウェイダを乗りこなしているわけではないのだ。
加えて、高い空間把握能力に戦闘勘。左右へ足を飛ばし、流水の弾幕から逃れせしめる。
右手のアグニ、狙いもそぞろに撃発。
「待って……!」
アンリ。悲鳴、懇願。聞き入れてやるだけの余裕はない。立て続けに、撃つ。
張り返した弾幕からバティスタが逃れる。砂上を滑るように。杖を着いてもおかしくない老いぼれの脚、脚力ではない。足許の砂がバティスタを乗せて自ずとうごめく、魔法の産物。
この応用力、俠侍郎のようなインスタントな魔法使いとは違う。術式を手ずから構築する正統派。
移動へ演算を割いた影響か、流水の弾幕が薄らぐ。逃げ足を止めて、
狙撃、確実に仕留めるダブルタップ。
「くそ……!」
舌打ち、ひとつ。仕留め損ねた。いや、あちらがひとつ、うわ手なだけだ。
幾重にも張り巡らした徹甲流水が、銃弾を弾き飛ばした。攻勢一点張りにみえて、攻防一体の術式。インテリ畑の老学者かと思いきや、かなりのやり手だ。
「まいった! 降参だ」
銃口を真上に、両手を挙げる。
「そこの先生は置いていく。そんなら俺に用はねえだろ」
あいにくと命を張るほどの付き合いでもないのだ。
「あとは内輪で揉めてく――」
戦慄、悪寒。水球砲台が、致死性の水鉄砲を撃ち出す。脳裏で待機させておいた術式を発動。
流水が蒸発。砲弾の運動量を喪失する。
「……やってくれるじゃねえか、爺さん」
「人の生徒を誑かしたのだ、腕の一本くらいは置いていけ」
正中線を精確に狙い済ましておいて、よくも言う。
「……今のは
「元を付けろよ、インテリ爺い」
アンリから、息を呑む気配。今さら、出自を隠し立てするつもりもない。虫歯という比喩は我ながら的確だ、自分へ非がないというわけでもないのだから。
「古巣のにおいを知っているなら、自分が追おうとしているものが何者か知らぬわけじゃあるまい」
やはりこのジジイ、ゼリーフィッシュの密猟者へ思い当たるところがあったのか。
「なにが目的だ」
「虫歯治療」
「……なに?」
「奥歯が、疼くんだよ」
アグニ、撃発。激流が弾丸を弾く。反撃に襲い来る徹甲流水から逃れながら、銃を乱射する。
「腹を括れよ、学者先生!」
立ち竦むアンリへ、火を入れる。
「啖呵を切っておいて、いつまで足踏みしてるつもりだ!」
連射の限りを尽くし、アグニがホールドオープン。弾切れ。ここぞとバティスタ、水球砲台をすべて攻勢へ注ぐ。
一斉射撃、濁流が押し寄せる。
膨大な水量が熱量を奪い、火勢が見る間にしぼむ。弾倉を交換する間すら稼げない。
「……まっずい」
死ぬ、予見するまでもなく。
「――
差し伸べられた、白魚の手。三口の鬼火が火勢を蘇らせる。術式の書き換え、辺りの空因子を取り込み火勢の糧として。
「……助かったよ、先生」
「発破掛けたのは、あなたでしょ」
俠侍郎の隣へ並び立つアンリ、バティスタの猛攻が一旦鳴りを潜める。
「どうあっても、足を止めるつもりはないのだな」
「だから、そう言っているでしょう」
「……仕方ない」
水球砲台の数が増す、
「足のひとつは覚悟してくれ」
ふたりを襲う、怒涛の徹甲流水。
「――
アンリが術式を構築、足許の砂を操作する。徹甲に、結合力の緩い砂で壁を築いたところで効果は見込めない。
まずは弾道予測、エルフの魔法因子感知能力は、他人類種の追随を許さない。俠侍郎よりも、よほど精確に砲弾の軌道を予測、術式を調整。
都合数メートルのうわばみを模した、砂の渦。予測弾道を中心へ囲い、発射と同時に締め掛かる。爆散、徹甲流水が大蛇の顎を蹴散らし、腹を裂く。
所詮は砂、高圧の水を前には脆い。だが、紙切れも束ねれば銃弾を防ぎ得る。蛇は尾をわずかに残して、流水を食い止めた。
「どうするの! そう何度もは続かない!」
エルフといえども優れているのは感知能力だけで、実際に術式を構築するのは知識とセンス。魔法使いの力量で、アンリはバティスタの足許にも及ばない。
「踏み込む。間合いを開けたままじゃ、埒が明かねえ」
アグニを再装填しつつ、俠侍郎が腹を括る。
「援護は頼むぜ、学者先生」
「無茶言わないで、私にできるのは自衛だけ」
「できるできないの話はしてねえ。乗るか降りるか。選べ」
俺は選んだと俠侍郎。
選択、選択、また選択。良し悪しの区別も付ける間もなく。選ぶ以外の選択はない。選ばないという道もまた、選択だ。それならば――
「……わかった。化けて出て来ないでよ」
「博打の出目で恨むほど、みじめなことはねえ。そん時は笑って死ぬさ」
「うそ」
「……嘘だよ。七代先まで祟ってやる」
「エルフの七代? 気合いの入った怨霊ね」
死線を前に笑い合うのもそこそこにして、俠侍郎は戦端へ踏み出した。
迎撃。両翼を広げた水球砲台が、掃射。ひとつに焦点を絞れば、全体を見失う。
“鬼火・
俠侍郎、視界がくらりと霞む。魔法は術者の
度重なる行使に加えて、戦術魔法は正統派と比べて効率が悪い。襲う飢餓感、震える膝に喝を入れて間合いを切り取る。
爆風を発する鬼火が散らずに、絶えず火勢を燃やして踊り狂う。アンリの援護、即興の割に呑み込みがいい。
アグニ、撃発。距離を詰めつつ、バティスタへ銃撃を浴びせる。徹甲流水のカーテンが、鉛弾を弾く。折り込み済みだ。欲しかったのは、その
腰へ差した
帷が晴れる次の瞬間、バティスタが目にしたのは、ナイフを片手に踊り掛かる俠侍郎の勇み足。
「間抜け」
老獪な魔法使いは、足許へ忍ばせておいた術式を呼び起こす。砂が刺々しく隆起、中空の俠侍郎を串刺しにする。
内臓をずたずたに食い破られたはずの俠侍郎、血反吐を吐く代わりに
帝都軍式戦術魔法、乙種八号
「間抜けはどっちだ」
自らの幻影を引き裂き、刀身を突き出す。一閃、瞠目する老人の目許を掠めて。浅い、致命傷にはほど遠い。
「……威勢の割に、詰めが甘い」
バティスタ、鎖へ触れる。処刑の仕草。しかし虚しい手応えに、ひときわ大きく目を見開いた。
「そうでもねえさ」
俠侍郎、右手をひるがえす。手許から投じる、青い輝石。まんまとナイフで掠め取った、鎖付きで。
じゃらり――と受け止める、白魚の指。揺れる蒼玉から、水滴が散る。
「やっちまえ、先生」
濁流、怒涛に。徹甲と呼べるほど洗練されたものではなく、しかしその勢いは、師を叩き伏せるには充分だった。
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