デュエルMFを再装填。横薙ぎに押し迫る豪腕、身を屈めてやり過ごし、怪物の土手っ腹へフロギストン弾薬を叩き込む。

 虚しい手応え、膚肉へこじ開けた銃創が見る間に塞がる。ギュイン――と回転歯を軋らせるそばから、追撃。

 アッパー軌道、捩じくれた爪。両腕を十字に固めて受け止める。衝撃、痛烈。シャーレの肉体をして、耐え切れずに後ろへ吹っ飛ぶ。

 砂塵を跳ねて、もんどり打つ。受け身を取って、二転三転。一張羅のトレンチコートに擦り傷は付いたが、身体に支障はない。

「すまん! 応援は望めない!」

 俠侍郎との通信が途切れた。凶兆、あちらもあちらでトラブルが舞い込んだとみえる。

「承知!」

 退かされたデガードと入れ替わりに、凪爪なつめが斬り込む。その声は、携えた倭刀と同じく曇りがない。

 迎撃、ギラリと鈍い怪物の爪を掻い潜る。のみならず、翻す白刃。斬刀、ざぱり――と血糊が砂を汚す。怪物の前腕が、殴り付けた勢いそのままに二の腕から切り離される。

 ブラスター銃の接射でも貫通しない強靭な筋骨、丸太のような巨腕をすれ違いざまに、ただの一刀で両断する。

 倭克わかつ、猫又の戦士。猫侍にゃむらいの技はこれほどの物か。

 斬る行為へ及ぶというよりは、刀を介して“斬る”という概念、事象を具現しているようだ。

 魔剣妖剣、高周波ブレード。斬れ味鋭い得物なら数多ある混沌の海で、倭刀とその遣い手が至上とされる由縁が窺える。

 苦痛、憤激。激昂の雄叫びを上げつつ、怪物が残る隻腕を握り拳に変えて、凪爪の頭上へ叩き付ける。

 転身、草鞋が砂を擦る。わずか一足の足運びで身を躱し、又荼毘またたびを右へ逆薙さかなぐ。

 一閃。再び打撃を浴びせようと怪物が腕を振り上げる、斬り捨てられた拳を置き去りにして。

 攻撃手段の斬獲。残るは必殺、ただそれのみ。

「御免」

 切先、天を突く最上段の構え。上背の差から肩を切り付ける袈裟斬りは狙えず、右脇腹から左太腿まで一息に斬り抜ける――

「……!」

 その目論みは、瞬間背を灼いた悪寒に従って自ら押し留めた。

 死角から襲い来る、怪物の反撃。初太刀で奪い取った、怪物の左腕だ。アンデッドもかくやの埒外な再生速度が、猫侍にゃむらいをして残心の心得を一瞬忘れさせたのだ。

 足さばきだけでは間に合わぬと、前へ身体をなげうつ凪爪。勢い前転、そのまま腕で身体を押し出して間合いを開く。

「化け物め……!」

 刀を構え直した凪爪は、忌々しげに怪物を睨んだ。袴の裾が千切れ、破れ目には血が滲んでいる。

 千切り取られた生地は、再生した怪物の爪先へ引っ掛かっていた。五本目の指、再生するまでは存在しなかった爪の先へ。

 新しく生え揃った爪に目算を誤り、不覚にも傷を負った。なんという野放図な再生能力か。

「無事か……!?」

「仔細ない、かすり傷だ」

 毛皮を裂いたが、骨にも腱にも支障はない。

「しかし、どうする」

 撃てども斬れども、奴は姿を醜く変えるだけだ。

「なますに刻むか……」

 つぶやくそばから下肢へ力を込める凪爪。これではまるで、猪武者だ。

「待て! 奴の身体をよく見ろ。腐敗しているだろう」

「……ああ。そのようだ」

 見るまでもなく、奴の身体から漂う腐敗臭は鼻に突く。観察してみれば、傷痕を覆う腫瘍も目に付いた。

「加えて、負傷の度合いに連れて腐敗の進行が速い」

 それもしかり。銃創と切断面の傷痕を見比べれば明らかだ。負傷範囲に比例して、腫瘍はより醜く膿んでいる。野放図な再生、増殖の弊害。

「付け入るには充分な隙だ。一息に体積を大きく削り取る。あとはただ、奴の自滅を待てばいい」

「だが、どうやる。鉄砲も刀も決め手に欠ける」

 銃は点の攻撃。刀による斬獲も、四肢の切断だけでは生ぬるい。かといって懐へ斬り込もうと思えば、絶えず再生する四肢が障害になる。

「あるだろう、格別に強力なのが。君の持ち物だぞ?」

「……なるほど、たしかにあれならば。わたしはどうすればいい?」

「正規の手順を踏んでいては、とても間に合うまい。私が直接、FCSへ干渉する。その間、時を稼ぎつつ奴を正面に誘い込んでくれ」

 頼めるかというデガードに、凪爪は頷く。

「委細、承知」

 四足、疾走。ザイル種の多くは、四足獣の走法を取った方が俊敏だ。脳を擁する頭が重く脊椎に負担が掛かり持久力は損なうものの、俊足は獣と変わりない。

 迎え撃つ、怪物。生え揃った両腕を振り下ろす。だん――と跳ねる凪爪、軽やかに身を躱すや怪腕へ爪を食い込ませ、凶相目掛けて駆け上がった。

 登り詰めた肩から跳躍、離れざまに凶悪な双眸へ刀傷を浴びせる。

 手足を走法に費やして、どうして刀が揮えるか。

 尾流ている、猫又の強靭でしなやかな尻尾を用いる独特な刀法が、それを可能にさせるのだ。

「化け物め。知り得たか、倭克の戦士、猫侍にゃむらいを」

 挑発、ゆらりと。刀を尻尾に執りながら、両手を構える。刀法を操りながら、骨法柔術を自在に織り交ぜる猫侍にゃむらいならではの抜刀組み打ち。

 その片鱗を知りながら己の浅はかさを知らずして、怪物が踊り掛かった。

 膂力任せ、大雑把な殴打。紙一重で逃れつつ、刀拳を浴びせ撃つ。猫侍にゃむらいの骨法は当て身だけに留まらず、研ぎ澄ました爪を伴う。爪痕程度、焼け石に水だが流血は頭に血を昇らせる。

 まんまと誘いへ乗った怪物を、デガードへ指示された位置へ誘導する。正面、そう砂漠へ鎮座するバルキリーの正面へ。

「こちらは、いつでもいいぞ!」

 デガードの号令。聞き届けるや、身躱しに専念する姿勢から一転、凪爪は怪物の打撃を受けに掛かった。

 しなやかで粘り強く、合気の心得。相手の攻勢を肉球で受け流し、尻尾へ伝えて刀速へ転化する。

 尾流・猫蛇ねこじゃらし。怪物の足を深く切り付ける。

「今だ、やれ!」

 バヂリと応えるスパーク、ブゥンと一対のレールが帯電、震動する。

 バルキリーの主兵装、レールガン。電磁加速を利用して実体弾を撃ち出す、電磁兵器。デガードが機体の起動シーケンスをスルーして、砲身はすでに励起状態にあった。

「耳を塞げ!」

 音が、消し飛ぶ。

 質量十キロ余りの弾頭が、音速を十重二十重とえはたえに超えた速度で飛翔する。衝撃波に翻弄され上下不覚へ陥りながら、凪爪は砂塵と共に弾き飛ばされた。

「奴は……!?」

 被った砂を払い落とし、がばりと身を起こす。

 衝撃波が耕した、深い畝溝うねみぞ。その底に、怪物は居た。うごめく血肉。腰が消し飛び、はらわたがこぼれ出る。

 性懲りも無く、腫瘍が粟立つ。腐臭、醜悪。臓物を外へさらしたまま生え揃う三本の脚。

「まだ……!」

 ちゃきり――と刀を構える凪爪。

「いや、終わりだ」

 隣へ並び立ったデガードがつぶやけば、立ち上がろうとした怪物の脚がぐしゃりと潰れる。再生限界、繰り返す増殖に疲弊した細胞群が死にゆく。腐敗極まり、塵と消える怪物。

「砂……風……」

 ささやく断末魔と共に、風にさらわれ霧散する。

 納刀。喉の渇きを思い出した凪爪は、足許へ転がる急須へ気付いて拾い上げた。傾けると、注ぎ口からこぼれる砂、砂、砂。

「……淹れ直しだ」

 急須を片手に、凪爪はため息を吐いた。

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