4
デュエルMFを再装填。横薙ぎに押し迫る豪腕、身を屈めてやり過ごし、怪物の土手っ腹へフロギストン弾薬を叩き込む。
虚しい手応え、膚肉へこじ開けた銃創が見る間に塞がる。ギュイン――と回転歯を軋らせるそばから、追撃。
アッパー軌道、捩じくれた爪。両腕を十字に固めて受け止める。衝撃、痛烈。シャーレの肉体をして、耐え切れずに後ろへ吹っ飛ぶ。
砂塵を跳ねて、もんどり打つ。受け身を取って、二転三転。一張羅のトレンチコートに擦り傷は付いたが、身体に支障はない。
「すまん! 応援は望めない!」
俠侍郎との通信が途切れた。凶兆、あちらもあちらでトラブルが舞い込んだとみえる。
「承知!」
退かされたデガードと入れ替わりに、
迎撃、ギラリと鈍い怪物の爪を掻い潜る。のみならず、翻す白刃。斬刀、ざぱり――と血糊が砂を汚す。怪物の前腕が、殴り付けた勢いそのままに二の腕から切り離される。
ブラスター銃の接射でも貫通しない強靭な筋骨、丸太のような巨腕をすれ違いざまに、ただの一刀で両断する。
斬る行為へ及ぶというよりは、刀を介して“斬る”という概念、事象を具現しているようだ。
魔剣妖剣、高周波ブレード。斬れ味鋭い得物なら数多ある混沌の海で、倭刀とその遣い手が至上とされる由縁が窺える。
苦痛、憤激。激昂の雄叫びを上げつつ、怪物が残る隻腕を握り拳に変えて、凪爪の頭上へ叩き付ける。
転身、草鞋が砂を擦る。わずか一足の足運びで身を躱し、
一閃。再び打撃を浴びせようと怪物が腕を振り上げる、斬り捨てられた拳を置き去りにして。
攻撃手段の斬獲。残るは必殺、ただそれのみ。
「御免」
切先、天を突く最上段の構え。上背の差から肩を切り付ける袈裟斬りは狙えず、右脇腹から左太腿まで一息に斬り抜ける――
「……!」
その目論みは、瞬間背を灼いた悪寒に従って自ら押し留めた。
死角から襲い来る、怪物の反撃。初太刀で奪い取った、怪物の左腕だ。アンデッドもかくやの埒外な再生速度が、
足さばきだけでは間に合わぬと、前へ身体をなげうつ凪爪。勢い前転、そのまま腕で身体を押し出して間合いを開く。
「化け物め……!」
刀を構え直した凪爪は、忌々しげに怪物を睨んだ。袴の裾が千切れ、破れ目には血が滲んでいる。
千切り取られた生地は、再生した怪物の爪先へ引っ掛かっていた。五本目の指、再生するまでは存在しなかった爪の先へ。
新しく生え揃った爪に目算を誤り、不覚にも傷を負った。なんという野放図な再生能力か。
「無事か……!?」
「仔細ない、かすり傷だ」
毛皮を裂いたが、骨にも腱にも支障はない。
「しかし、どうする」
撃てども斬れども、奴は姿を醜く変えるだけだ。
「なますに刻むか……」
つぶやくそばから下肢へ力を込める凪爪。これではまるで、猪武者だ。
「待て! 奴の身体をよく見ろ。腐敗しているだろう」
「……ああ。そのようだ」
見るまでもなく、奴の身体から漂う腐敗臭は鼻に突く。観察してみれば、傷痕を覆う腫瘍も目に付いた。
「加えて、負傷の度合いに連れて腐敗の進行が速い」
それもしかり。銃創と切断面の傷痕を見比べれば明らかだ。負傷範囲に比例して、腫瘍はより醜く膿んでいる。野放図な再生、増殖の弊害。
「付け入るには充分な隙だ。一息に体積を大きく削り取る。あとはただ、奴の自滅を待てばいい」
「だが、どうやる。鉄砲も刀も決め手に欠ける」
銃は点の攻撃。刀による斬獲も、四肢の切断だけでは生ぬるい。かといって懐へ斬り込もうと思えば、絶えず再生する四肢が障害になる。
「あるだろう、格別に強力なのが。君の持ち物だぞ?」
「……なるほど、たしかにあれならば。わたしはどうすればいい?」
「正規の手順を踏んでいては、とても間に合うまい。私が直接、FCSへ干渉する。その間、時を稼ぎつつ奴を正面に誘い込んでくれ」
頼めるかというデガードに、凪爪は頷く。
「委細、承知」
四足、疾走。ザイル種の多くは、四足獣の走法を取った方が俊敏だ。脳を擁する頭が重く脊椎に負担が掛かり持久力は損なうものの、俊足は獣と変わりない。
迎え撃つ、怪物。生え揃った両腕を振り下ろす。だん――と跳ねる凪爪、軽やかに身を躱すや怪腕へ爪を食い込ませ、凶相目掛けて駆け上がった。
登り詰めた肩から跳躍、離れざまに凶悪な双眸へ刀傷を浴びせる。
手足を走法に費やして、どうして刀が揮えるか。
「化け物め。知り得たか、倭克の戦士、
挑発、ゆらりと。刀を尻尾に執りながら、両手を構える。刀法を操りながら、骨法柔術を自在に織り交ぜる
その片鱗を知りながら己の浅はかさを知らずして、怪物が踊り掛かった。
膂力任せ、大雑把な殴打。紙一重で逃れつつ、刀拳を浴びせ撃つ。
まんまと誘いへ乗った怪物を、デガードへ指示された位置へ誘導する。正面、そう砂漠へ鎮座するバルキリーの正面へ。
「こちらは、いつでもいいぞ!」
デガードの号令。聞き届けるや、身躱しに専念する姿勢から一転、凪爪は怪物の打撃を受けに掛かった。
しなやかで粘り強く、合気の心得。相手の攻勢を肉球で受け流し、尻尾へ伝えて刀速へ転化する。
尾流・
「今だ、やれ!」
バヂリと応えるスパーク、ブゥンと一対のレールが帯電、震動する。
バルキリーの主兵装、レールガン。電磁加速を利用して実体弾を撃ち出す、電磁兵器。デガードが機体の起動シーケンスをスルーして、砲身はすでに励起状態にあった。
「耳を塞げ!」
音が、消し飛ぶ。
質量十キロ余りの弾頭が、音速を
「奴は……!?」
被った砂を払い落とし、がばりと身を起こす。
衝撃波が耕した、深い
性懲りも無く、腫瘍が粟立つ。腐臭、醜悪。臓物を外へさらしたまま生え揃う三本の脚。
「まだ……!」
ちゃきり――と刀を構える凪爪。
「いや、終わりだ」
隣へ並び立ったデガードがつぶやけば、立ち上がろうとした怪物の脚がぐしゃりと潰れる。再生限界、繰り返す増殖に疲弊した細胞群が死にゆく。腐敗極まり、塵と消える怪物。
「砂……風……」
ささやく断末魔と共に、風にさらわれ霧散する。
納刀。喉の渇きを思い出した凪爪は、足許へ転がる急須へ気付いて拾い上げた。傾けると、注ぎ口からこぼれる砂、砂、砂。
「……淹れ直しだ」
急須を片手に、凪爪はため息を吐いた。
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