『おい、俠侍郎!』

 無線機へ通信。昨日今日といい、相棒からこんな風に呼ばれてばかりだが、どうにも切羽詰まった様子だ。

『何処で道草を食っている!』

「なんだよ薮から棒に。今、街を発ったところだ」

『早くしろ! こちらは接客中だ!』

 上客ではなさそうだ、招かれざる客というところか。タイミングからして、スキャラット。だが、銃声を劈いて余りあるこの咆哮はどうした事か。

「飛ばしてやるから、保たせろ」

『簡単に言ってくれる……!』

 シャーレの歯軋り、背景で地響きが鳴る。相当な大物らしい。

「聞いた通りだ、飛ばすぜ」

 無線機片手にハンドルを執り、アクセルを踏み込む。かたわらのアンリが頷く。いなや、彼女は冷や水でも浴びたように、ハッと身を強張らせた。

「避けて……!」

「……なにを?」

「ああもう……!」

 怪訝な顔をする俠侍郎に痺れを切らし、アンリはハンドルへ飛び付いた。RVが左へ急旋回。

「おい……!」と慌てた俠侍郎が、無線機を車外へ落とすのもはばからずに、ハンドルを持ち直した。

 大きく左へ逸れつつ、直進へ立て直す。接地しないRVだからよかったものの、有輪車なら横転している。

「なにしやがる……!」という罵倒は、瞬間に鉄クズと化した無線機を横目に、喉許で止まる。

 水流。砂漠にあるまじき水の奔流が、無線機をネジと鉄片に変えたのだ。高圧、加えて流水へ混じった土砂。徹甲弾も同じの威力。

「止まって!」

 目の当たりにした上で、疑問を挟む余地はない。迷わずブレーキを踏み込む。

 空力ブレーキに加えて逆噴射装置スラストリバーサが作動。RVへ急制動が掛かる。

 間一髪、目前の砂面が隆起。地雷もかくやと、砂柱が噴き上がる。

「降りろ、先生」

 魔法の襲撃。術者は、俠侍郎の魔法因子エレメント知覚範囲から外れた場所へ居る。このままアンリの知覚に頼ってRVを操作しても、逃れられまい。

 山勘だが、術者の目的は足止めだ。初撃の水流徹甲弾といい砂柱地雷といい、仕留めようとする仕掛け方ではなかった。

 とりあえずここは従うが吉と、俠侍郎は抜銃したアグニを片手に砂地へ降り立つ。

「アンリ……」

 砂塵、旋風。逆巻く砂埃が晴れると共に老骨がひとり、姿を現す。

「……バティスタ」

 師の出現に、アンリは強い驚きには囚われなかった。何故ここまでという気持ちはあるが、やはりと腑に落ちる声が大きい。

「引き返せ。この先は、お前の道ではない」

「……ここに来て、またその話?」

「最後通告だ。道の選択を誤るな。困難な道がいつも正しいわけじゃない。考え直すんだ」

「よく考えた。最初から正しい道なんてない。だから、正しくあろうと迷うんでしょう?」

「……それが、君の答えか。ならばもう言葉は尽くすまい」

 バティスタが、片眼鏡に提げた鎖へ触れる。鎖の半ばに取り付けた、真っ青な石が揺れる。水の因子結晶クリスタルだ。

 水滴がひとつ、滴り落ちる。とぷん――と足許の砂面へ拡がる、波紋。因子結晶が術者に豊富な魔法因子を供給する。

「たとえ力尽くでも、今度こそ私が止めてみせよう」

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