3rd session ファンタジア・トリップ
1
バッドランズの冷ややかな夜気は、すぐに陽射しが拭い去る。歩くだけでも一苦労な日照り、荷役などやった日にはたまらない。乾いた汗から塩の結晶が吹き、肌がざらつく。
「これでっ! ……終わりかあ?」
推進剤を荷電するプラズマ電極、推進剤の供給パイプにキャブレター、エンジンカウルの装甲板。そして俠侍郎が指定した、レーシングクラフト用のアクチュエータ、マーヴェリックブランドの38番。
RVの荷台へ積んだのは、すべてバルキリーの交換パーツだ。あとは、当面の食糧。もちろん、シャーレ向けの鉱石群も込みで。
「まだだよ」とアメリア。ドワーフ特有、骨太だが繊細な指先で、かたわらの有輪トラックに積載した木箱を示す。
木箱の中身は
「ウェイダが墜ちたのは、こいつをお預けにされたからだろう?」
因子推進エンジンに限らず、ほとんどの
因子推進エンジンが利用するのは、緑色のペレットと赤いペレット。空と熱の因子結晶だ。
原理は、物理工学の電熱推進エンジンへ酷似している。推進剤を電子的な作用で加熱しプラズマ化して放出。熱エネルギーを運動エネルギーへ変換するのが、電熱推進の大筋だ。
因子推進は空の因子を熱の因子で加熱、崩壊した空因子はプラズマへ似た性質を帯びて、強力な運動エネルギーを生み出す。
「ああ。こいつがなけりゃ、いくらウェイダでも翔けねえ」
それを切らしておいて、よくも言う。
「それとこいつも持って行きな」とアメリアが、拳大の塊を投げ渡す。
彩り豊かで奇抜な形状をした、植物とも鉱石とも見分けの付かない奇妙な物質。
珊瑚を乗せたケイオスクラフトには、コーラルと同じ環境が整えられる。空気、室温、重力さえも。生命がまっとうに生きていくのに必要な環境。混沌の航行には決して欠かせない命綱、それがこの珊瑚だ。
混沌の海を漂っている限り珊瑚が消耗する事はないが、コーラルへ立ち寄ると、何処へともなく一定量が消失する。欠かせば当然、混沌に漕ぎ出す事はできなくなる。
「さすがにこいつは充分に備蓄があるさ。切らせばウェイダは、即棺桶だ」
「学者連中が来てると言ったろう。今日明日辺りに、ゼリーフィッシュの群れがこの近くを通り過ぎる」
「……忘れてた」
珊瑚が消耗する条件はもうひとつ、ゼリーフィッシュとの遭遇だ。個体のひとつとすれ違った程度で大きな損失はないが、群れとなると規模次第で備蓄が尽きるという事もある。
「そんなことだろうと思ったよ。こいつはまけといてやる。こないだ新しい珊瑚礁が掘り当てられてね、どうせ今は値崩れ中だ」
「助かるよ」
因子結晶に加えて、珊瑚を詰め込んだ木箱をRVに移し終える。
「じゃあ、あたしはもう行くよ」
工房から乗り付けた有輪トラック、ドワーフからすれば見上げるほどの高所へ位置する運転席へ、ひょいと飛び乗るアメリア。
「近い内にまた工房に寄るよ、って言いたいとこだけど。次はしばらく掛かりそうだ」
これまでの運び屋稼業とはわけが違う。残党とはいえ、かつての軍事コーラルとの関係を匂わす相手。スキャラットを蹴散らすようにはいくまい。
「……次はウェイダで乗り付けな。最近、魔法工学にも明るい職人が入ってね。そいつに色々と教わってるところだ。点検くらいなら、してやれる」
こんな男だが、クラフト乗りには波止場が必要だ。二度と心を許すつもりはないが、腐れ縁のついでだ。それくらいの役回りは引き受けてやってもいい。
「助かるよ、アメリア」
鼻を鳴らして、彼女はトラックを走らせた。
「さてと」アメリアを見送り、どうするかと思案する。いや、どうするもこうするもないのだ。
デガードが再三繰り返した通り、砂漠の真ん中で長居はしたくない。一刻も早く荷物を届けて、バッドランズを発つべきだ。
「待つと言ったわけでもなし」
後ろ髪引かれるというほどの付き合いでもない。RVのイグニッションキーを回す。リパルサーが起動、車体が数十センチ浮かび上がる。
がこん――と荷台から物音。バックミラーを一瞥すると、鏡面の端でなびくプラチナブロンド。
「よお、学者先生。律儀だな」
旅行鞄を荷台へ投げ入れて助手席に乗り込むアンリ。見送りというわけでもなさそうだ。
「……言ったはずだぜ、あんたにゃ荷が重い」
「言ったはずよ、私が決めること」
にやりと笑む、俠侍郎。
「運賃は?」
「私の知識。それじゃあ不足?」
これから追うのは、ゼリーフィッシュの密猟者。専門家の意見が聞けるのは、たしかに悪い取引でもない。
「まけといてやるよ」
アクセルを踏み込む。ジェットエンジンが砂塵を巻き上げて、RVは砂漠の向こうへ走り出した。
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