1-3
「……学者先生」
スキャラット達に悟られないように小声で、俠侍郎はアンリに呼び掛けた。
「なによ……?」
「身構えな。今から荒れる。嵐が吹くぞ」
「なんで? 鉄砲の一つくらい、渡してやればいいじゃない」
「逆鱗って知ってるか?」
「それはもちろん」
アンリにとってドラゴンの生態は専門外だが、彼らの顎に触れれば逆上する鱗があるという事は、一般教養として持ち合わせている。
「デガードにとっての逆鱗が、あの銃だ。他人に触れられたら、奴は分別をなくす」
分別を? とアンリは半信半疑でデガードの背中を見た。バッドランズへの足として船を雇ってからのひどく短い付き合いではあるが、デガードには極めて理知的な人物という印象を抱いていた。
そもそもシャーレ種は共通して、論理的な人間性を有する傾向が強い。軍人も多いが、数学、あるいは倫理哲学を専門とする優れた学者もまた、シャーレから輩出されている。
そんなシャーレの中でもシャーレらしいデガードがまさかと、アンリは彼の後ろから動向を窺う。
デガードは、銃を奪い取ろうと距離を詰めるスキャラットに、ホルスターを提げた左腰を庇おうとするでもなく、直立したままでローブ姿の矮躯を見下ろした。
成人しても、一二〇センチ前後が精々なスキャラットの背丈は、デガードの胸許にも届いていない。
「やめろ」
後ろから耳にしただけのアンリですら、底冷えのする声だった。デガードから、睨み下されると共にその声を浴びせられたスキャラットが肝を冷やさなかったはずもない。
なのに。
容姿だけでなく感受性もネズミと同じなのか、あるいはその声音を感じ取った上で、意地を貫いたのか。
「コトワル」
スキャラットの頭目はそう言って、デガードの銃へ手を伸ばした。痩せ細った指先、ねじくれた爪がホルスターから突き出した木製の銃把へ触れる。
その刹那だ、咆哮が轟いたのは。
スキャラットの砂粒に汚れた手に、風穴が開く。
銃把に垢のこびり付いた爪先が触れた刹那、デガードが抜銃を果たし、頭目の手の甲へ銃口を押し付け、銃爪を引いたのだ。
デガードの銃、デュアルMFはブラスター銃に区分される。ブラスター銃とは、錬金術によって精製される
その威力は、通常弾薬を使用する銃とは比較にならない。拳銃弾薬で、サイボーグの装甲へ有効な打撃を与えるほどだ。
痩せ細ったネズミのザイルの肉体は、何の障害にもならない。
強烈な爆炸に押し出されたフルメタルジャケット弾頭が、血と肉と骨の欠片を押し退けて、掌へと突き抜ける。
「ナ――ア……!」
その痛み。右手をおしゃかにされたという事実を一瞬遅れて噛み締めたのか、鼻先のアンテナがビンと張り詰める。先の尖った口吻から齧歯類特有の大きな前歯を覗かせて、悲鳴をひとつ。
「チュギイイイ――」
耳障りな声を発しようとするも、それすら逆上したシャーレは許さなかった。
無慈悲な裏拳が、下顎を打ち砕いたのだ。顎を抜くなどと生温い一撃ではない。
顎の半分が根こそぎ吹き飛ばなかったのが不思議なくらいの勢いで振るわれた文字通りの鉄拳は、スキャラットの頭目を、砕け散らした歯を軌跡として残しながら弾き飛ばし、放物線の延長上に転がっていた岩肌へ、べちりと叩き付ける。
むろん、手下のスキャラット達が黙っていようはずもない。彼らはめいめい銃を構えて、デガードへ照準を向けようとした。
だが、激昂したシャーレを前にして、遅きに失する。いや、こればかりはデガードの怒りとは、無縁だった。
怒髪天を衝いた脳天とは切り離された、拡張CPUへ搭載してある
急所ではなく、銃を保持する腕を狙ったのは、敵対目標への対処をデフォルトで、
都合四体のスキャラットを無力化したところで、デガードはギュイン――と口腔の粉砕歯を軋らせる。
装弾数の乏しいリボルバーの定め、弾切れだ。デガードはまず半身を晒して右肩を前に向け、敵の射線に対する前面投影面積を小さくしつつ、リロードへ取り掛かる。
スキャラットが主兵装とする貧相な小銃程度では、サイバネ拡張済みのシャーレの外殻に致命的な打撃は与えられない。右半身を叩く着弾の衝撃に耐えつつ、デガードは左手に保持するリボルバーの
デュアルMFは、シリンダー下部に可動のヒンジ部分が備わり銃身が展開する、いわゆるオープンブレイク式のリボルバーだ。
銃身を折りシリンダーの薬室孔を露出すると同時にエジェクターロッドが作動して、爆炸で膨張して薬室内にへばり付いた空薬莢を排出。
ガンベルトからスピードローダーを取り、セットしてある予備弾薬を五発まとめて一息に薬室へ装填する。
展開した銃身を戻して留め金を掛けるや、肘を折った右腕を盾として前へ掲げたまま頭を庇いつつ、右腕の前腕と二の腕との隙間から銃を突き出して、デガードは迎撃の構えを取った。
「学者先生、魔法は扱えるんだよな?」
再びスキャラット達と銃火を交えるデガードをよそに、近場の岩陰へ身を隠した俠侍郎が、隣に並んだアンリへ問う。
「ええ、多少はね」
元々、エルフは魔法の素養に優れた人類種。加えて、アンリは学者とはいえ、フィールドワークを主体にあちらこちらのコーラルを飛び回っている。バッドランズと似たり寄ったりな治安の悪い場所も渡り歩くのだ。振り掛かる火の粉を払うだけの自衛手段は心得ている。
「まさか、乗客の力を頼るつもり?」
「言っただろ。操船以外は――」
「セルフサービスって言うんでしょ」
魔法とは、魔法科学に則って物理科学では説明の付かない特異な現象を引き起こす技術体系だ。
術者は術式を練り、魔法科学における世界の構成要素――
魔法因子は、物理科学でいうところの化学元素と同じく、森羅万象の全てに宿り、元素がそれぞれ種別されているように、魔法因子にも属性というものがある。
たとえば、水の魔法因子。この乾き切った大地では、水の魔法因子は乏しい。代わりに強く機能しているのは、土の因子だ。それに乾いた地面、特に粒子の細かい砂を構成する土の因子は扱い易い。
足許に積もる砂へ、干渉する術式を構築。
術式を練る上で、必要なのは知識である。どの事物が、どの因子を有するか。望みの事象を顕現させるためには、どの式が最適か。知識なくして、術式の構築はできない。
だが何より肝要なのは、知覚だ。魔法因子に対する知覚。世界を因子単位で捉える、砂漠の砂粒を一つ一つ数えるように。
魔法の素養の有無は、魔法因子に対する知覚が鋭いか鈍いかに掛かっている。
第三の耳で聴く。エルフにそういう言い回しがあるように、エルフの特徴的な耳は魔法因子の知覚器官として、すこぶる優秀なのだ。
術式の構築を完了したアンリは、白衣の裾を翻して岩陰から飛び出した。
「
知覚した魔法因子の状態を、豊富な魔法科学の知識で裏打ちして反映した術式を、世界に記述。
砂が、
アンリへ照準を付けようとしたスキャラット達が、砂飛沫に打ち倒される。
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