3
白磁の街並み。バッドランズへ点在するオアシス街は、セラミック建築が立ち並ぶ。
主原料は石灰。バッドランズの砂地は石灰質を多く含む白砂漠だ。したがって、材料には事欠かない。剛性も充二分。特に優れた耐摩耗性は、砂嵐の多いバッドランズには打ってつけ。
何より、安価かつ軽量。オアシス街は、バッドランズの豊富な鉱物資源のために開拓された土地だ。建築が容易な建材が求められ、陽射しの眩しい白磁の街が出来上がった。
「あぢい……」
かんかん照りの下、フライトジャケットを日除け代わりに頭へ被り、汗水垂らして通りを歩く俠侍郎。片手には、自前の軍用水筒。この街の水源は地下水脈にあり、金属成分を多量に含む。フィルターで飲用に耐えるグレードにまで濾過しても、バキバキの硬水だ。不慣れな者が口に含めば、三日は便器へ座り放しになる。
野郎がひとり、水筒片手に歩く姿はむさ苦しい。アンリはと言えば、先遣隊の観測キャンプへ向かったようだ。
俠侍郎は後金を受け取る前に、ひとつ済ませる用事があった。
道すがら、行き違う人々。様々な人類種が雑踏を作っているが、目立つのは俠侍郎の胸許までも及ばない背丈。スキャラットではない、奴らは街へ滅多に姿を現さない。
上背は低いが身体は頑強、誰も彼も髭が濃ゆい。
ドワーフ。短身短足ながら、肉体は頑強。豊かな髭を生やし、金属の扱いに長ける。鉄鋼業で名を馳せる者の多くは、彼らドワーフだ。
皆が皆、髭が濃ゆいのは男やもめというわけでなく、ドワーフは男女共に髭を生やすから。顎髭だけなのが女で、鼻の下まで髭を蓄えているのは、たいてい男だ。
さしもの俠侍郎も、ドワーフの女を口説いたのは、一度切り。妙なもので、髭はおろか全身を体毛が覆うザイル種でも美人とあらば、うつつを抜かす俠侍郎だが、ドワーフの顎髭をチャーミングだと感じたのは後にも先にも、あれきりだ。
「さーてと」
陽射しにうだりつつ、足を停める俠侍郎。見上げるほどのセラミックドーム、ケイオスクラフトの工房だ。
ことわりもなく、勝手知ったるという足取りで中に踏み入る俠侍郎。鉄と油が焦げたにおい、クラフト乗りなら嫌いなはずはない。所狭しと置かれた機械部品は、すべてケイオスクラフトのパーツだ。
ツナギ姿のドワーフ達が、めいめい作業に勤しんでいる。俠侍郎は、プラズマジェットエンジンの解体作業に取り掛かっているドワーフの後ろ姿へ、声を掛けた。
「やあ、イメリア」
甘い声音、うんざりするような。主張の激しいその声が聞こえないはずもないが、当のドワーフは振り向くどころか、手を止めもしない。
「なあ、イメリア。俺だよ、俠侍郎だ」
折れず挫けず声音も変えない俠侍郎に、ドワーフはようやく返事をする。舌打ちを、返答へカウントするならだが。
「聞こえてるよ、俠侍郎。あんただってことは百も承知だ」
ハスキーな余韻を含む、飾るところのない蓮っ葉なアルト。
「つれねえなあ。まあ、いいさ。声が聞けただけでも」
殊勝な物言いのようで、相手の心情をくすぐる意図を含んでいる。透けて見えるその思惑にうんざりしたのか、ドワーフは根負けして振り返った。
発色が強く、ウェーブの波打つ赤毛が揺れる。女ドワーフというのはヒューマンと同じで、男と比べて柔らかい顔立ちをしているものだが、彼女は違う。
鋭い魅力がある。なのに、目許だけが柔らかい。
そして、彼女の魅力を語る上で外せないのが顎髭だ。まさか、三つ編みにした赤い顎髭に、心ときめく日が来ようとは。彼女に巡り会うまで、思いも寄らなかった。
イメリア。彼女は、クラフト工房の経営主にして工房長を務める。歳は三十路前、ドワーフの寿命はヒューマンと変わりないと考えると、充分若い。
それでイメリアを侮るドワーフは、バッドランズには居ない。彼女の仕事を不当に貶めるのは、自らの価値を下げるものと知っているからだ。
「お前の声を聞くだけで、あたしは人生唯一の汚点を思い出す」
イメリアの、うめき声。これを聞けば、この二人の間に何があったのか、おおよその想像は立つ。クラフト乗りと整備工。恋多きヒューマンと、仕事一徹のドワーフ。男と女。おかめ八目、堂々巡り。
「ずいぶんな言い草だ」
「出禁にしないだけ、ありがたく思いな。今日は、なんの用だい。次に軟派な口利いたら叩き出すからね」
釘を刺す、イメリア。あいにく、この男の面の皮は厚い。糠に腕押しだ。
『おい、俠侍郎』
だが折の悪い事に、腰に提げた無線機がデガードの声を発した。
『工房には着いたのか? 急げよ、長居はしたくない』
「やあ、デガード。久しいね」
打って変わって親しい友人へ寄せる、イメリアの声音。
『その声はイメリアか? ああ、久しいな。俠侍郎、着いたなら報告を入れろ』
「着いた。そら、報告したぞ」
『子ども染みた真似はよせ。頭が痛くなる』
シャーレにも痛覚があり、相棒が頭痛のタネにもなる。
「変わらないねえ、あんたらは」
『いい加減に落ち着いて欲しいものだがね。女難に災難、この男と連んでからトラブルには事欠かない』
「……おい、世間話もそこそこにしとけよ」
話が面白くない方向へ、俠侍郎が舵を切る。
『そうだな。長居はしたくない』
「なんだい、またぞろトラブルってわけか」
『今回ばかりは、その男に非はないさ。ここへ寄る途中、ゼリーフィッシュの密猟へ出くわしてな』
「ゼリーフィッシュ? そういや、街外れに学者連中が屯してたね。密猟か、罰当たりな悪党も居たもんだ」
『その罰当たりに巻き込まれてね。船が墜ちた』
「ウェイダが?」
目を剥く、イメリア。
ノラウェイダ、あれはいい船だ。俠侍郎という男の美点がひとつでもあるのなら、それはあの船を所有しているという点に尽きる。それほどの船を墜としたというのか。
「燃料がなかったんだ」
「……まったく、宝の持ち腐れだね」
『返す言葉もない』
ほんとうに変わらない二人だ。
「パーツが要り用か。うちは物理工学専門だ。ウェイダのため、まともに手配できるのは燃料だけだよ」
『心配無用だ。そこの男が上手いこと不時着させた。燃料さえあれば、ノラウェイダは飛べる。必要なのは、君の専門分野でね。いくつか、部品を用立てて欲しい』
「型式は?」
『RW-13』
「バルキリーか。いい船だ。部品はすべて、純正かい?」
『そうだ。必要な部品はテキストにしてある。ただひとつ、駆動系なんだが』
「純正のアクチュエータじゃ、ノロマだって言うんだろ。その辺りも、ひと通りは揃えてあるよ。ただ肝心なのは、パイロットの腕さ。ナマクラじゃ、鋭いレスポンスに振り回されるだけだ」
『俠侍郎?』
水を向けるデガードに「筋はいい」と俠侍郎が応える。
「反射神経と空間認識は充分、勘もいい。ただしテクニックは別だ。客船の機長にでもしてみろ、客はみいんな船酔いで早晩クビになる」
「じゃあ堅いところを宛てがうか。デトロイトの50番なんてどうだ。反応はそこそこだが、堅実だ」
「いいや。マーヴェリックの
「そいつはレーシングクラフト向けだよ。敏感すぎて、素人じゃ右も左も見失っちまう」
「乗りこなせりゃ、一端のクラフト乗りだ」
「……まあ、乗り手が決めることさね」
『――だそうだ。どうするね』
デガードの声が遠ざかる。かたわらの者へ返事を請うように。
『……ふむ。俠侍郎の案で構わないそうだ。乗りこなしてみせると』
「おい待て」と眉根を引くつかせる俠侍郎。
「まさか、あの娘っ子が聞いてんのか?」
『ああ。お前が珍しく他人を認めるのを、本人が隣でな』
これみよがしな含み笑いに、俠侍郎は舌を打つ。
「……今日はろくなことがねえ」
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