「ラチェットを」

 デガードと凪爪なつめ。留守を預かる二人は、ノラウェイダの番をするかたわら、船の整備点検に勤しんでいた。

「……これか?」

 操船ばかりでメカニックはからきしの凪爪は、指示された工具を手渡すだけ。

「いや、それはスパナだ」

 それも、ままならない様子だが。

「すまない……」

「なにごとにも、初めてはある」とデガードは、工具箱からラチェットレンチを取り出した。

「ふむ、やはり電極は駄目だな。供給系もあらかた焼き切られている。アクチュエータ周りも交換が必要だ」

 ノラウェイダの点検は終わり、損傷したバルキリー右舷エンジンを検分しているところだ。

「部品はすべて純正品。これなら、バッドランズにも出回っているだろう」

 バルキリーを設計、開発したバルハラ社は、巨大軍需企業。どんな僻地の市場にも、部品は出回っている。 

「欲を言うなら、アクチュエータは別製品に変えたほうがいい。バルハラ純正の駆動系は、耐久性は高いがレスポンスが悪いというからな」

 高速攻撃艇には向いていないと、デガードは講釈を付ける。破損した部品を解体する手付きもゆっくりと、わかりやすく。

「……どうしたね」

 反応薄い凪爪へ、工具片手に振り返る。

「クラフト乗りなら、知っておいて損はないぞ」

「いや、なにからなにまで、申し訳が立たない」

「気にする事はない。世話になっているのは、私とて同じだ」

 デガードは、焼き切れたエンジンカウルの上から、ボルトナットを詰め合わせたビニル袋を手に取る。バルキリーへ積んであった代物だが、凪爪の腕では持ち腐れだ。

 デガードは、袋からひとつナットを摘み出すと、あろう事か口腔へ放り込んだ。シャーレにとって、この程度の金属片は木の実ナッツを齧るようなものだ。

「たしかに、好きにしてくれとは言ったが……」

 ギュイン――と粉砕歯を唸らせるデガードに、凪爪は落ち着かない様子。猫と同じく汗腺が肉球にしか通ってない身でなければ、冷や汗のひとつも流していただろう。刀を庇うのは無意識だろうが、デガードとて物の価値がわからない男ではない。

「そんなに驚くほどのことかね。君らとて、塩を口にするだろう。あれも鉱物だぞ」

「それは、そうだが……」

 とはいえ、岩塩をそのまま噛み砕こうとする者は居まい。

「まあ、無理もないか。我々は、そう数の多い人類種ではないからな」

 シャーレのひとりも居ないコーラルも珍しくはない。凪爪の出自を考えれば、なおの事だ。

「君ら倭克人とて同じだろう。私が君の同郷人に出会った経験は、片手にも余る。最後はそう、半年前だ」

「……っ!」凪爪の顕著な反応。ピン――と耳が立つ。

「それは、どんな身なりの男だった!?」

「いいや」と被りを振るデガード。

「私の記憶が正しければ」外部記憶装置へ、タイムスタンプ付きで保存された情報が間違っているとも思えないが。

「夜闇のような毛並みをした猫又の女性だ」

 むろんと言うべきか、俠侍郎は迷わず口説いた。デガードに他種族の美醜はわからないが、奴が見惚れたとなると、見目麗しい女性だったのだろう。俠侍郎の美意識は、種族の違いを問わない。

「……人違い、か」

「人探しか」

 落胆した様子の凪爪に、デガードが推察を立てる。

「未来明るい相手というわけでもなさそうだ」

「……どうして、そう思う」

「戦装束に刀をひと振り、飛び方しか知らない娘が共も付けずに海へ漕ぎ出す。並々ならない覚悟は、想像にかたくない」

 加えて言うなら、落胆の陰に安堵の気配があったのも、推察の材料に含まれる。

 口をつぐむ、凪爪。

「すまない。詮索を入れるつもりはないんだ」

「……かたじけない」

「そう畏まらないでくれ。今のは、私を責めてくれていい」

「いや、わたしの至らなさ故だ。父からも、自分を抑えるすべを何度諭されたことかわからない」

 過去の想起。左腰へ提げた、倭刀の柄に手を添えて。

「杓子定規な考え方だ」

 ナットをもうひとつ齧り、デガードがつぶやく。ホルスターから突き出る、銃把の木目へ触れながら。

「父の教えだ」

 じゃぎん――と、刀の鍔を鯉口へ打ち付けて、凪爪は金打の音を鳴らした。

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