2nd session ラスティ・ガイズ

「優雅なドライブね」

 砂塵を巻く、轍がひとつ。一台のリパルサーヴィークルRVが、砂漠を走る。

 斥力場を支えに浮かび上がる車体をジェットエンジンを推力に疾走させるRVはどんな悪路も走破する。

 車体の後部にカーゴベイ、座席は前に二つだけ。軍用品の払い下げ、安物買いしたこのRVにはフロントガラスがあるだけで屋根はない。

「ほんと、優雅なものだわ」

 空調もなく日照りのまま、砂粒混じりの向かい風。アンリでなくとも、皮肉のひとつは言いたくなる。借り受けた防風ゴーグルで目許は保護できても、髪は砂塵を浴びるがままだ。

「なあ、学者先生」

 歯切れの悪い俠侍郎、ハンドルを握りながら。らしくもなく、ご機嫌を窺うような声音。後金を確保するため、デガードの入れ知恵だ。

「あー、そのなんだ。曲でも流すかよ」

 女運がまるでなく女難じょなん女媧じょかに事欠かない俠侍郎だが、その都度口説きの手管は磨かれる。なのに、どうにも口が回らない。エルフは苦手だ。

「そんなに心配なくても、契約通りの後金は払うから」

「え?」と素っ頓狂な声。呆けてこちらを向く顔に「前」と正面を向かせる。

 車内備え付けの音楽プレーヤー、軍用車にはない後付のオプションから、曲が流れ始める。

 情緒豊かな弦楽器のメロディ。歌詞は、混沌の海へ世間知らずな羨望を抱く、漁村に生まれた少年の詩。

「それはまあ、五つ星の旅とは行かなかったけれど」


 きっとあの向こうへ漕ぎ出せば、この手に何かを掴めるはず。赤錆浮いた釣り針でなく。俺だけは、俺を諦めないから。


 悔しいが、いい歌だ。

「ひとつ、確かめることはできたから」

「……密猟か」

「ええ、そうよ」

 ゼリーフィッシュの密猟者。風聞、流言のたぐいかとも考えていたが、奴らは事実、たしかに居たのだ。許すまじき事に。

 ゼリーフィッシュの殺傷は、大罪。コーラルによっては、政府転覆罪の次に大きな刑罰を科される。

 いや、そうでなくとも、アンリが彼らを許せない。

「どうしてそこまで肩入れするんだ? たしかに、腹のむかつく話さ。けど、海を跨ぐほどじゃない。だろ?」

「そうね、義憤ってわけじゃない。個人的な動機。私は、ゼリーフィッシュの学者で、彼らは研究対象。観察して、分析して、解析する。それが私の仕事だけど、同時に彼らを尊敬もしてる」

「宗教か?」

「尊敬よ、崇拝とは違う。彼らを神様だとは思わない。生き物よ、私達と同じにね」

 普段、アンリは誰彼ともなく身の上を語るタチではない。だが最低な旅路の果てに聴いた、誰しも覚えのある感情を綴った詩が、彼女を饒舌にさせた。

「きっと父の影響。父もゼリーフィッシュ学者だった。彼らほど美しい生き物は、この世に居ない。そう言ってた」

「孝行娘ってわけだ」

「どうかしら。父は私に、学者にだけはなるなと言ってた。母さんは賢い人だったけど、男を見る眼だけはまるでなかったって」

 曲に乗って少年が詩う。


 古びたブリキは口を揃える、腰を落ち着けろ。けど、錆び付いてからじゃ遅いんだ。


「そういうあなたは? 孝行息子には見えないけど」

「ガキの時分に故郷を追ん出てから、親の顔は見ちゃいない。だから、とんだ親不孝だ」

 それきり、途絶える会話。話の弾む仲でもない。あるいは、曲が佳境に入ったからかもしれない。


 あの向こうに漕ぎ出せば、何者かには成れるはず。ただのブリキで終わらずに。俺だけは、俺を見限りたくはないんだ。


「……いい歌ね」

「そうだろ」

 我が意を得たりと笑う、俠侍郎。

「まだまだ名盤は揃ってる。街に着くまで、退屈はしないぜ」

「あと、どれくらい掛かるの」

「遠くに堕ちたからな。まだ半分も来ちゃいねえよ」

 操縦の片手間、プレーヤーを操作する俠侍郎の隣で、アンリは特段長いため息をこぼす。

「ほんと、優雅なドライブになりそうね」

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