第14話
戦いは長くは続かなかった。
否、そもそも始まりすらしなかった。
サイモンは龍に触れることすらできないでいた。
「サイモン!もうやめて、お願い!」
何度も攻撃が空を切る。
それだけでサイモンの消耗は激しいのに、時折、竜は氷のように冷たい息を吐いてきた。
かと思えば真っ赤に燃える炎を吐いた。
サイモンはそれに翻弄され、時にその身を傷つけられた。
それでもひかない。
サイモンの鱗がバラバラと剥がれ落ちる。
それは負傷したせいだと思った。
でも、違う。
「サイモンは、他の龍と違ってまだ不安定なんだよ」
ベルガモットが戦う龍たちから目を離さずに言う。
「ボクたちを、あなたを守ろうとして、サイモンは変化してる」
鱗がはがれたところから真っ黒い靄がもれ、それがサイモンを包もうとしている。
口も大きく裂け、とがった牙が伸び始めていた。
守るための変化。
それは、眠ってる力とか、秘めたものとかを解放しようとしているとも取れるけれど、サイモンの姿を見て、違う、と思った。
私だ、と、思った。
サイモンを変化させているもの。
それは、私の内側にあるものだ。
私の、もう一つの姿。
あるいは、私の中にあるものと、同じものをサイモンも持ってしまったのかもしれない。
暗くてどす黒い、できうるならば持ちたくなどなかったもの。
「僕があなたを守ります」
その言葉がよみがえる。
それは単に、身の安全を守るということにとどまらない。
私を内側から蝕むものからすら、守ろうとしている。
約束は、違えられない。
その誓いは、ここでは守られる。
なら、
「サイモン、一度戻ってきて」
叫び声じゃない、私の小さな、それでもまっすぐな声に、サイモンは振り向いた。
「お願い」
そう言うと、サイモンは大きく体を旋回させて、私のもとへ戻ってくる。
近くで見ると、その姿はただただ痛々しい。
それでも、守ってくれようとしたことが胸を打つ。
自分の中に、私の中の闇の部分を映してでも、私を救おうとしてくれたことに涙が出そうになる。
たまらなく今、この龍が愛しい。
「あの子は、私が助けなきゃダメなの。だから、連れて行って」
「でも、」
「大丈夫、あなたがいてくれる」
に、と、強がりで笑ったけれど、サイモンはそれに気づきながら応じてくれた。
私を片腕に載せ、再び龍に向かって飛ぶ。
案の定、龍は氷も炎も吐かない。
私を物理的に傷つけないために。
これは、心の問題。
この龍もまた、私の心の写し鏡。
その輝きには見覚えがあった。
「ダイヤモンド、」
宝石の鑑定ができるほど詳しいわけではないから、ほとんど直感だった。
けれど、ある意味、そこで起こっていることからの推理でもある。
そういうことよね、と、苦笑いした。
龍の鱗のようなダイヤの表面にいくつもの過去が映し出されている。
まぎれもなく私を傷つけ、自死にすら追いやろうとした、あいつの、姿があった。
映像だけなら幸せそうに見える。
全て、幻だ。
幻でありながら現実でもある。
それが厄介でもある。
普通の神経なら、相手に未練があるのなら、それを破壊するのはむしろ躊躇する展開だろう。
加えてその写し鏡となるのはモース硬度最高値を誇るダイヤモンドだ。
だけど。
「残念、」
私は心のどこかでほくそえみ、高々と空へ手を掲げた。
あのとき、翁が私に与えてくれた小さな知恵。
私の呼びかけに答えて、空で瞬いていた星が一つ、飛来する。
流星は私の手の中で一振りの銀色の剣になった。
星の剣、その名を、
「ギベオン、」
手に持っていた星の剣が、吠えるのが分かる。
「サイモン」
私はそっとサイモンの顔を引き寄せてその鱗のはがれた頬にキスをした。
「ありがとう」
「シア、」
サイモンが何かを言おうとするのを人差し指で制止して私はダイヤの龍に親指を向けた。
「行ってくる」
そう言って笑うと、サイモンは頷いた。
サイモンの腕を踏み台にして、私は龍のもとへ高く飛んだ。
振りかざすギベオンに星々の光が反射して煌めく。
私は無言で、あいつの面影に剣をたたきつけた。
「ダイヤは、傷つかないけど、砕ける」
その言霊を受け止めるように、ダイヤは音を立てて砕けた。
剣が砕いた場所から次々とヒビが広がり、小気味いい音を立てながら崩れていく。
あいつがよこした安物のエンゲージリングもダイヤだった。
そこに永遠などない。
奇しくも石はそのことを教えてくれた。
キラキラと輝くダイヤの欠片は夢のように美しかった。
彼らに見えている、人の心が傷ついたときに見える、輝く欠片っていうのは、こういうものなのかと思う。
それなら確かに、彼らが目を奪われるのもわかる。
確かに美しい。
あの、水晶玉の中に降る、雪のように。
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