第13話


どれくらい、夜の中をさまよっただろうか。

否、さまよったという感覚はほとんどなかった。

新しく一行に加わった若葉の君と、状況報告や情報交換、意見交換をしつつ、時間はとても穏やかに流れていたからだ。

若葉の君は頑として自分が何者かを言わなかった。

けれど、私たちの間には、ひっそりと共通の直感があった。

この子が、ベルガモットの対になってくれるのではないかと。

直感なんて、人間世界で言ったら笑われてしまう類のものだ。

すぐにエビデンスを声高に求め、科学的根拠のないものは「存在しない」ということになってしまう。

ウィルスだって、アメリカ大陸だって、銀河系だって、歴史のある一点を掘り返してみれば「夢物語」にすぎなかったはずなのに。

ここでは、そんな人間たちが忘れ去った、「夢物語」が生きている。

私にはそれが心地よい。

私はここが心地よい。

そう感じる場所で生きていい。

そんな安心感に包まれていた直後、私たちを先導するように進んでいた若葉の君が突如視界から消えた。

「きゃああっ」

突然響いた若葉の君の悲鳴。

私たちは懸命にその出所を探した。

洞窟の中では音が反響して全く分からない。

まして、この暗さでは。

そう思った瞬間、誰かがそれに応えたのか、いきなり辺りが明るくなった。

「何用か」

居丈高な女の声が響く。

状況から考えて、ここの主である可能性が高いと思った。

「主様でいらっしゃいますか。私は、」

サイモンが答えた。

けれど、

「ぬしには聞いておらぬ。そこな客人、何用有りてこの世界に来た」

ターゲットは私だ。

この場所どころではない。

この世界にいること、そのものが気に食わないという趣だ。

「おぬし、逃げて来たな」

どきり、とした。

そう言われても仕方がない。

そう思うものがいてもおかしくはない。

けれど、

「僕が呼びました。彼女の助力が、どうしても必要だったから」

サイモンが聞いたこともない強い口調で言う。

「ボクたちだって!」

ベルガモットと龍の子も賛同する。

「ふむ。それがそなたらの総意なれば、試練を受けてもらわねばなるまいよ」

その声と共に、地の底から響く声がした。

闇の中に発光して浮かび上がる、それは、クリスタルに覆われた一匹の龍。

否、龍の形をした、クリスタル。

あきらかに無機質に見えるのに、それは生きているかのように動き、氷のような息を吐いた。

その龍が手に持つ玉の中に、若葉の君がいる。

若葉の君は何度も内側から透明な檻に小さな拳をたたきつけ、壊そうとしているようだった。

出たくても、出られない。

その意識は、長年、私を苦しめていたものの、間違いなく一つに当たる。

私の頭の中は、足りない知識と経験を寄せ集めて、策を練ろうとしている。

無理だ、と、自分でも思う。

いろんな意味で未熟な、今の私の中には策は生まれない。

悔しいけれど、それだけは分かる。

それなら。

「サイモン、あの子を助けたい」

私の言葉に、サイモンはすぐには答えなかった。

サイモンでも難しいのだろうかと思った直後、透明なクリスタルに何かが映ったような気がした。

「あ、」

クリスタルの表面に、ゆがんだ映像で思い出したくもない記憶が次々と横切っていく。

それは、ある意味、幸せだったころの、私の記憶。

今となっては、ただのまやかしに過ぎなかったと言わざるを得ない記憶。

私はぺたりと膝をついてしまった。

青ざめた私の顔を見て、サイモンが私の前に出た。

「下がっていてください。この龍はあなたにはよくないものなのですね」

サイモンには映像は見えていないのかもしれない。

そうであってほしいと思う。

誰にも見てほしくなんかない。

自分でも、もう二度と見たくない。

喉の奥から自分でも聞いたことのないような、自分の悲鳴がわずかに漏れた。

それを聞いたサイモンの瞳が、今までに見たことのないような光を帯びる。

いつもの優しい光ではない。

それは、

「サイモン!」

はっとなってあげた停止の声は届かなかった。

サイモンはうなり声をあげて龍に向かっていった。


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