第11話

星空の中を渡りながら、サイモンが囁いた。

「怒らないで、聞いてもらえますか?」

私は、ふ、と小さく笑い声を漏らした。

言いがちなセリフだし、聞きがちなセリフだけれど、逆にそういうということは何かしら不都合な事実が告げられるのだという予告になる。

「どうぞ?」

ある程度身構えて、覚悟して私はそういった。

今更何の不都合があるだろう。

今はそんな気持ちですらいる。

「あなたが、あの店にいるとき、僕はそれを水晶玉を通して見ていました。それで、」

サイモンは一度そこで言葉を切り、そっと私の手に触れた。

「あなたを、美しいと思ったのです」

ぐっと、のどの詰まる思いがした。

恥ずかしさと嬉しさが混ざったような、おかしな感覚だった。

一呼吸ついて、私は口を開いた。

「それは、この姿に見えていたから?」

素直に、今の姿は自分でも美しいと思う。

美しすぎて自分ではないみたいだ。

そういう意味では恥ずかしすぎて今でも自分ではあまり見たくない。

とはいえ、以前の自分も決して好きではなく、鏡など見たくもなかった。

年齢が上がってからは特にそうだ。

しわだのシミだのが目立つようになってくると、ことさらに鏡を見なかった。

「あの頃のあなたも、ちゃんと見えていましたよ」

「なら、なんで」

「外見的なことを気にされているようですが、僕にとっては気にすることではないのです」

そう言われてしまうとどこかさみしい。

以前の自分をやんわり否定されたような気もする。

自分で自分を嫌いだと思うのは良くても、人に言われると傷つく。

もう重々よくわかっているけれど、心底人間とは勝手な生き物だ。

もちろん、自分も含めて。

「傷ついて、おられたでしょう?」

サイモンの言葉に、今度はのどの奥がひりついた。

あのときの私は、自分を傷つけるものをたくさん抱えていた。

それしかもう、持っているものが無いように。

まるで、最後の財産のように、おかしな話だけれどそれにすがっていた。

「僕ら精霊が、傷ついた人間を見ると、その周りに輝くものが見えるのです」

「輝くもの?」

「はい。この洞窟や水晶玉の中の煌めきのように、傷ついた心の欠片が、まるで主を守ろうとするように、キラキラと輝いて、その周りを舞っています。それが、とても美しい」

「なるほど」

確かに、ただそれを聞けば下手な口説き文句にも聞こえるし、言い方を間違えれば不愉快にもなりかねない。

言葉の意味が腑に落ちたわけじゃなく、怒らないで下さいと言われたわけが分かった。

「勘違い、しないでください。傷つくというのは、優しさなんです。人を思う気持ちのない人は、傷つかないんです。不都合な現実が起こったとき、そういう人は、ただ、誰かに怒りをぶつけるだけで、自らは反省しない。だから、傷つかないんです。そういう人の周りには、光は見えません。傷つき、壊れ、はがれた心の欠片が舞うのは、その人の心が美しい証です」

そう、なのか、と、今度こそ言葉だけではない意味が分かった。

サイモンが美しいと言ったのは、物理的なことじゃない。

そこに秘されたものの美しさ。

それだって、あると言われれば、素直にそうですかとも言えないし、自らあると宣言するのは何か違うと思ってしまう。

(称賛は受けるべきだよ)

ふいに岩の翁の言葉を思い出した。

でも、どういう心持でいればいいかもわからないし、どういう表情をすればいいのかもわからない。

戸惑うばかりで、役に立たない思考ばかりがぐるぐるしている。

格好悪い、と、思う。

けれど、そんな私を見るサイモンの瞳は、とても美しいと思った。

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