第9話
この世界にきて、一つ、気になることがあった。
それは、空腹にならないということ。
木の実を取って食べることもできるし、水を飲むこともできる。
けれど、それは人間界にいたときの食事とは意味が少し違っていた。
物理的にそれらから栄養を取って、肉体を維持しているわけじゃない。
強いて言えば嗜好品のような意味合いらしい。
「この世界の客人のままでいればいずれ空腹も覚えますし、過ぎれば死にます」
サイモンの言葉を聞いて、ひどく納得した。
この世界のものになれば、この世界のルールが適用される。
つまり、空腹にはならないし、飢え死にもしない。
この世界のためのミッションに従事するならその方が都合がいい。
そして、この世界のものになるには、この世界で生まれたものとの婚姻という契約が必要になる。
それが、それ以上のどんな意味を持つのかは、この時の私にはまだ、わかっていなかった。
「それで、水晶玉の最初の持ち主に合うにはどうすればいいの?」
「あのね、」
口を開いたのはベルガモットだった。
ベルガモットの木の根元に座って、私たちは何とも呑気に作戦会議をしていた。
時間がたくさんあるわけではないけれど、どうにも慎重になる性格は体が変わっても変われないようだ。
「世界樹の君の所へは、植物の精霊であるボクが道を示すことはできるよ。エネルギーは結構使うけどね。だから、」
「水晶玉の持ち主は植物でいうところの世界樹に該当するような鉱物の王様みたいな存在、ってこと?」
「おそらくは」
サイモンが頷く。
そもそも、ジョカの君もイツキの君も、その相手については何も語らなかった。
サイモンも聞いていない。
「そうなると、その鉱物の精霊を探す必要があるってこと?手掛かりは?」
ここにきて、全員が黙ってしまった。
今までお互いに干渉し合わなかったことがあだになっているような気がした。
そうだとしたら、この問題自体が、この体制を変えるきっかけになるかもしれない。
私も、過干渉が嫌いな性質だし、何ならいわゆる田舎のすれ違う人皆知り合いみたいな空気は得意じゃない方だ。
けれど、助け合い精神が嫌いなわけじゃない。
困っている誰かがいて、自分ができることがあるならする。
そうしたいし、それでいいと思ってる。
今の状況もある意味そうだ。
「ベルガモットは、他の植物の精霊たちと話はするの?」
私の問いにベルガモットは頷いた。
「鉱石の精霊とは?」
今度は強く首を横に振った。
龍と精霊の間のみならず、精霊たちの間でもあまり交流はないらしい。
少しずつだけれど、この世界のことが見えてきた気がした。
「例えばだけど、今まで植物と龍の間にも交流はなかったわけよね。でも、ベルガモットはこの子を救いたいと思った」
ベルガモットが強く頷く。
「それって、何かが変化していると思うの。それなら、もしかしたら、鉱物の精霊とコンタクトを取ろうとしている龍や植物がいるかもしれないって思うんだけど」
「龍族に関しては難しいかもしれない。基本的に龍は同種族でもあまり関わらないかのです」
「おひとりさま基本、なのは嫌いじゃないけど。私もそうだし」
私はそう言って笑った。
「そんな龍族でも、こうやって他の龍の子を助けたいと思ってるし、ベルガモットと交流してるじゃない。嫌いなわけじゃない、のよね」
私もそうだし、と、私は心の中で思った。
人間界では誤解のされやすい性質といえる。
けれど、ここでは割と当たり前。
だから居心地がいいのかもしれない。
嫌いなわけでも、拒否しているわけでもない。
適切な距離を保ちながら、ほんのり優しく気遣っている。
「はい。もちろん」
私の言葉に返してくる、サイモンの声はとても穏やかだった。
「ボクの方は何とかなるかも。誰かいないか聞いてみる」
そういうとベルガモットは木に戻った。
ベルガモットの気が輝き、明滅を繰り返し始めた。
何かと通信してるっぽい感じは、機械に似ている。
ほどなくして、
「居た!つながったよ」
そういって頬を赤くしながらベルガモットが戻ってきた。
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