第8話

東の空がゆっくりと光を帯び、雲が茜色に染まっている。

夕暮れ時にも似た、けれど、これは始まりの暁降。


この世界にきて、最初に覚えた違和感。

天空に横たわる天の川によく似たものは、巨大な龍だということだった。

その昔、この世界に住む始まりの龍たちを産んだ、偉大なる母龍。

ジョカは、この母龍から直接生まれた最後の龍なのだという。

母龍の銀の鱗が薄く優しく光に溶け、新しい太陽が生まれてくる。

私もその光を新しい体いっぱいに浴びた。

そう。

私はもう、以前の私ではない。

「もう、慣れましたか?シア」

背後から聞こえた声に振り向くと、そこにサイモンが立っていた。

シア。

それは、ここで生き直す私の、新しい名前。

私たちは昨夜、世界樹イツキの君、原初龍ジョカの立ち合いで婚姻の契約を取り交わし、その影響で体が生まれ変わった。

それは、まさしくこの世界で生きるということ。

つまり、この世界のものになるということで、これからのミッションを行うため、最初にしなければいけない、最低限にして最優先の契約。

それを成すことによって、私の体を蝕んでいた病は消え去り、当然、寿命も延びた。

否、そんな単純な話じゃなかった。

思い出すと、今でも恥ずかしさで顔がほてるのが分かる。

始めて契約の後で自分の姿を確認した時の私は、ただただ恥ずかしさでパニックになっていた。

年齢だけでも20は若返っているのに、さらにほとんど外見は別人になっていた。

私の髪は長く艶めく金色になり、目の色は紫色になっていた。

体つきはすらりとして華奢なくらいなのに、生命力に満ち溢れていて、若い鹿のようだった。

手足は長く細く、美しい。

服装もこちらの世界観に合わせて裾の長い薄絹を幾重にも重ねたようなドレスになっている。

あまりの自分の変貌具合に、私自身最初は声も出なかった。

あまりにも整いすぎている姿は、作ったようで気恥ずかしかった。

龍の子も、ベルガモットも、そして、サイモンも、何の抵抗もなく受け入れているのが不思議なくらいだった。

聞けば、その姿は私の内面が外に反映しただけであって、そもそも彼らはその姿、の、持つ気配を感じ取っていたから、むしろ、見えていたのはこちらに近いのだそうだ。

名を変え、姿を変え、もう私は、以前の私ではない。


その契約の時に使われたのが、あのときの水晶玉だった。

あの水晶玉は、サイモンが精神体の頃、ジョカから渡されたものだという。

それを受け継いでしばらくして、どうにか成体になることができたのだとか。

あのバーで、私が触れたとき、水晶玉に変化が起きた。

そして、その変化と同時に、サイモンにも変化があったのだという。

彼は、確かに成体にはなったけれど、度々体から魂が抜け出ていたという。

危うく戻れなくなりかけたこともあったのだけれど、それが、私が水晶玉に触れてから全く起こらなくなったらしい。

それは、不安定な存在を固定し、力を与える、お守りのようなもの。

アミュレット。

それを得ることによって、龍の子は成体となり、さらにこの世界にとどまることができるのではないかということだった。


「ただ、同じ水晶玉が他の龍のアミュレットになったりはしないのよね」

「はい」

サイモンが持っている水晶玉を龍の子に渡しても、何も起こらなかった。

別の何かが必要なのだ。

今、龍の子を救うカギのひとつはベルガモットだった。

それまで龍の世界に関与しなかった精霊族の変わり者。

ベルガモットが触れ、力を分け与えることで龍の子は消えずにいる。

そこからさらに効果を強めようとするなら、ほかの何かが必要だということだ。

「シアー」

遠くからベルガモットの声がする。

「はあい。今行くよ」

見えるかわからないけれど、私は声の方へ大きく手を振った。

ここは始まりの丘。

ベルガモットは本体である木に戻り、龍の子もそこにいる。

少しでも多く、力を蓄えておくために。

私たちはこれから、ほかの何か、を探す旅に出るのだ。

全く宛てがないわけじゃない。

ヒントになったのはサイモンの水晶玉。

これは、ジョカから渡されたものだけれど、それをジョカに渡したものがいる。

その者であれば、何か知っているのではないかということだ。

「希望があるというのは良いものですね」

「そうね」

サイモンが目を細めて朝日を浴びている。

私も、これほど心地よい朝を迎えたのはかなり久しぶりだった。

朝日に背を向けて、二人、歩き始める。

「ぎょうこう、ですね」

サイモンがそう言って小さく笑った。


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