第5話
ふわりと、風がどこか懐かしい香りを運んでくる。
飛び回る無数の蛍の、ささやかな明かりの中に、辛うじて浮かび上がる龍の姿。
それは、龍と言っていいのかもよく分からない姿かたちだった。
大きさは確かに私よりも大きいが、イメージする龍よりは小さい。
大柄な人間、と言ってもおかしくない大きさだった。
体つきも、西洋のドラゴンとアジアの龍の中間のようで、角はあるものの、顔はどちらかと言えば人間にも見える。
ドラゴンと、龍と、鬼のキメラ。
そう言う風にも見えた。
あくまでそれは、人間の世界の認識だけれど。
ベルガモットがそっと私の服の裾に隠れた。
「あなたは?」
私の問いかけに、龍はその金色の瞳を細めた。
微笑んでいるのだろうか。
身体は大きいが、雰囲気はとてもやわらかで穏やかだ。
「サイモン、と、言います。この世界で成体になった、最後の龍」
そう言って、彼、サイモンは、私の膝の上に居る子供の龍に目を向けた。
「今のところは、ですね。私もまた、自分が最後の龍とはしたくない」
小さくため息のような息を吐く。
「あなたも、この子を救いたいと思っているのね」
「はい」
サイモンが即答すると、ベルガモットが私の服の裾から出てきた。
それを見て、サイモンは目を細め、ベルガモットに向かって礼を取った。
「世界樹様の元へ、道を繋いでもらえますか」
「人間さんも連れて行くのでしょう?ボク、一人では無理ですよ」
ベルガモットはまだ戸惑いながらそう答えた。
「分かっています。世界樹様の元には、原初龍様がいらっしゃいます。私は、そちらへ」
サイモンがそう言うと、ベルガモットはぱっと顔を輝かせた。
「なんか、ドキドキするね。こういうの、初めてだ」
ベルガモットの表情がどんどん明るくなる。
それを見ていると、私も楽しい気持になってきた。
先のことも、この世界のこともまだ分からないけれど、今こうして、力を合わせられる誰かがいるということはとても心強かった。
正直、どうにかしたいとは思っても、この世界について不案内な自分一人で、この小さな存在たちをどう守ればいいのか分からなかった。
頼りになる助け手が必要だったのは確かだった。
「ありがとう」
私はサイモンを見上げて素直にそう言った。
言ってから自分で驚いた。
いつから、この言葉を素直に使えなくなっていたのか。
そう気付くほど、あまりにも自然にその言葉がこぼれてきた。
「何がです?」
「さぁ、何に対してかな。でも、今どうしてもお礼が言いたくなったの」
あなたに、と、言うと、サイモンはすいと目を逸らして何か小さな声で呟いた。
それを聞き返す前に、ベルガモットが動き出した。
小さな体が輝きだした。
「人間さん、手を」
その小さな手に手のひらを差し出すと、ベルガモットはその薬指に触れた。
「左手はこちらに」
そう言ってサイモンが手差し出した。
うろこに覆われた、人間に近い形の手の平に、私阿そっと自分の手を乗せた。
龍の子が小さく鳴いて、私の胸元へ滑り込む。
それとほぼ同時に、足元の地面が大きく丸く口を開けた。
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